第73話 人間の定義


 これはきっと、悪い夢だ。


 そうでないとおかしい。この俺が『人殺し』だと糾弾されるなんて、そんな話があってなるものか。おかしいと思ってたよ。宇宙の果てからの侵略者が来た頃からさ。それより前から狂っていたのかもしれない。これは悪い夢で、俺はいずれ目を覚ます。現実の世界で、ひいちゃんはまだ生きている。父親の起こした事故には巻き込まれていない。そしたら、俺がひいちゃんを連れてどこか別のところで暮らせばいい。そうだな。俺とひいちゃんにとっての祖父母の家に逃げこもう。孫だし。大事にしてくれるよ。


「ははは」

「何……なんで笑ってるの……」


 遅いなあと思って。どこに行ってたのさ。会いたかったよユニ。


 ひいちゃんと同い年ぐらいの外見をしていこいつらは、人間の仕事を肩代わりさせるために作られた代用品オルタネーター。人間じゃあない。それなのに、漆葉さん上位存在を惨殺した失敗作。こいつらこそが『生まれてこなければよかった』存在。俺とは違う。俺は、誰がなんと言ってこようとも人間だ。だから、――だから、別に、別に……。というか、俺が思い詰める必要はないんだよな。そうだよ。あの宇宙人アンゴルモアみたいに肩から触手が生えてきて、その触手が勝手にオルタネーターたちを殺害し始めただけであって。俺は悪くない。悪くないのに、最後の一体が俺を人殺し扱いしてきた。おかしいよ。そう思わない?


「ユニぃ」

「ヒッ!」


 ついさっき扉が開いて、俺が名前も覚えていないようなモブ研究員らを従えてユニが入ってきた。俺は「助けて」と言ったのに、誰一人として俺には近寄らない。漆葉さんのカードキーはオルタネーターが持っていて、今は部屋のどこかにはある。どこだかわかんねェけど。俺のカードキーは俺が持っているから、この部屋を外から開けることができるのはユニしかいなかった。このモブたちはユニの帰りを待って、一体全体この部屋の中で何が起こっていたのかも知らずに入ってきたってことだな。青ざめた顔になったり口元を押さえたりしている。お前らは何がしたかったんだ。


「ユニの言う通りだったよ。オルタネーターは人間じゃあない」


 俺はどのぐらい放置されていたんだろう。触手は俺を気遣って、加工したばかりの肉を俺の口に押し込んでいた。生肉を食わせないでほしい。


「来ないで!」


 なぜだかユニは小刻みに震えている。実物を見たことはないけど、生まれたての子鹿みたいってよく言うよな。専攻は情報工学だから実験なんてしないのに白衣を着ている。まあ、今はこの研究施設Xanaduの所属になっているから、別に間違っちゃあいないな。デカめの白衣で、全身をすっぽり覆っている。しばらくぶりに会ったけど、相変わらず年齢を感じさせない。童顔に、チワワみたいな大きな瞳でかわいいと思う。年上の女性に対して『かわいい』と言うと、馬鹿にしているみたいだな。いや、でも、身長は低いし。唯一残念なところは、ショートボブの髪型だったのに髪が伸びてしまっているのと、ケアする時間がないのとでボサボサになってしまっているところかな。人類が減ってしまったこの世の中、生き残った中に美容師はいるだろうけどもその人たちにもその人たちの人生はあるし。廃業してしまったケースはいくつもあるんだろう。美容師だけでなく、他の仕事に関しても。そう考えるとやっぱりオルタネーターはこれからの世の中に必要になってくる。生活していく上で、髪は切ってもらったほうがいいし。漆葉さんは間違っちゃあいなかったな。


「見つからなかったよ」


 ユニは〝器〟を探せと言った。そんなものはない。なかったんだよ。オルタネーターは人間だと俺が主張したからだけども、前提条件が崩れてしまった。オルタネーターが人間じゃあないなら、その、アンゴルモアの魂の定着先の〝器〟をオルタネーターにしても結局何も解決してないじゃん。


「だからさ、ユニ。こどもを作ろう。二人で大切に育てていけばいいじゃん」


 触手が伸びて、四本でユニの身体を拘束して宙に持ち上げた。ユニの悲鳴を合図に、俺に向かってくるお付きの者どもは他の二本が一人、また一人と追い払っていく。人間相手なので手加減してくれているのか、致命傷までは与えない。背骨とか腰の骨とかが折れたぐらい。しばらく入院すればなんとかなる。たぶんだけど。それか、それこそオルタネーター第一世代の発想で治療できるかも。本来はタバコの吸いすぎで身体のあちこちががん一歩手前になっていたものを取り替えるために作っていたっぽいし。骨ぐらいいける。


「嫌!」


 断られちゃったな。なんだろう。ユニに産んでもらうの、理論的に間違ってないじゃん。ああ、痛いのが嫌ってことかも。一回目に痛がっていたし。また痛い思いをするのだと警戒されているんだとしたら「二回目からは痛くないらしいよ」と言っておけばいいか。


「離して!」


 男たちを一掃したからか、ユニの身体をゆっくりと下ろしてくれる。離したら逃げられてしまうだろうから、ユニの要求は通さない。別に俺の意志で動かしているわけじゃあないんだけど、大体は俺の思う通りに動いてくれる触手。服を脱がせるのは自分でやりたかったんだけども。


「わかった、わかったから、ここではしないで! ね! お願い! お願いします!」


 気絶しているやつもいるけど、足をやられて動けなくて止めに入れないってだけで一部始終を見逃すまいとしているやつもいるし。やりづらくないと言えば嘘。四肢に触手が絡みついているせいでユニ側ができることはほぼない。ただ、この機を逸したら、何してんだか知らねェけど、まーたしばらくどっか行っちゃうだろうし。


「そう言えば逃げられるとでも?」


 キスをしたら口元に付着していた自分のものではない血がユニのアゴに付いた。服の袖で自分の顔を拭いてみたらわりと血まみれになったから、そりゃあ、ユニも怯えるよなって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る