第72話 インディペンデント・ボディ 〈後編〉

 俺は懐からS・A・Aシングルアクションアーミーを取り出して、見よう見まねで構えてみる。ユニから渡されそうになった時には受け取る気はさらさらなかったし、まさかこうして使用するチャンスが巡ってくるとは夢にも思わなかった。射撃練習はしていない。初心者以前の問題だよ。まあ、四十個のがあればどれか一つには当たるだろ。――その後はどうする。見たところ、このS・A・Aシングルアクションアーミーっていう銃は六発しか撃てない。たったの六発だ。弾を持ち歩いているわけではないから、本当に六発しか撃てない。持っていてもどうやって補充するのかわからない。この弾倉ってところに入れるのかな。全弾当てられる自信もないってのに、最低でも

 こいつらは集団で漆葉さんをさらって、機械でミンチにしてくれたわけだ。許し難い。俺がこいつらに罰を与える。俺はオルタネーターを人間だと思っていたけれども、とんでもない。こいつらは人の姿をしているだけの代役。周りの言うことが正しかったんだよ。俺が勝手に、こいつらの権利を慮って、擁護派に回ってしまっていただけ。


「せんせ……?」


 誰がどう見ても明らかに殺意がある武器のお出ましに、オルタネーターたちがざわめきたつ。こいつらにとっての俺は、他の教師役とは違ったのかな。甘やかしていた自覚はあるけどさ。

 ユニがやっていたように、ハンマーを親指で上げたら準備はオーケーなんだけども。そりゃまあ、漆葉さんはなんも悪くな――悪いか。オルタネーターたちにとっては、自分らは一生懸命生きているっていうのに、頑張った末にこんな機械によってぐちゃぐちゃにされるなんて嫌だよな。なんで漆葉さんも、食肉加工しようだなんて言い出したんだろうか。人間のために働かせて、最終的には人間の血と肉となっていく、エコなシステムだってのはわかるよ。


「なあ、」


 漆葉さんを殺す必要があったのか。一度冷静に、話し合ってみればこうはならなかったんじゃあないか。オルタネーターだけで相談するのではなく、誰か一人でも俺に言ってくれたなら、うまいことどうにかできるように作戦を練れたかもしれないのにさ。俺は問いただそうとして、その言葉より先に青色の触手がきまじめさんの眉間に突き刺さった。後頭部まで貫通させると、上に持ち上げる。振り上げて勢いをつけて振り下ろすと、触手から頭部が抜けて、壁にその小さな身体が投げつけられた。


「ピャああああああああああああああアアアア!」


 俺は自分の肩を触ってみる。上着を突き破り、ムニッとしたものが生えてきていた。触って確認できるだけでも左右に三本ずつ。そのうちの一本が、今しがたきまじめさんをぶん投げてくれた。先端から赤い血を滴らせている。なぁんだよこれェ。

 ああ、あれだ、動物園で見たやつだ。安藤もあが自身にまとわりつくリスを引き剥がすのに使っていた。あの時はよかったなァ。まだ、あの時はあの侵略者が俺の子どもを妊娠しているなんて知らなくてさ。そう、話される前だったから。そうそう。もうだいぶ前のことみたいだけど、実は半月も経ってないんだよな。いや、どうだったっけ。一ヶ月は経ったかな。もうわかんねぇや。


「ひゃあああああ!」

「来るなー!」

「どけ! みんなより頭のいいあたしが生き残るんでち!」

「やめて!」

「押さないで! 潰れるでち!」


 オルタネーターたちの悲鳴に、俺の「あはははははははは」という哄笑が混じる。だって、笑うしかないじゃん。こんなの。銃なんていらなかった。半狂乱状態になっている個体を串刺しにしたり、追いかけ回して足を引っ掛けて転ばせたり。かと思えば薙ぎ払って首の骨をへし折ったり、ひとつの個体に絡みついてハンマーのように振り上げると他の個体をぶっ潰した。周りを押し退けて出入り口に向かって全力でダッシュする個体の首を絞めて殺す。

 六本の触手がそれぞれ、俺の意志はお構いなく虐殺していった。ついさっきまで自分らの足で突っ立っていたオルタネーターたちを、次から次へと亡きものにしていく。床に力なく倒れるオルタネーターたち。スプラッタ映画かな。壁や床に血がついていく。血生臭い。比喩じゃなくて本当に鼻が曲がりそう。というか、オルタネーターを殺してしまったら、一体誰が掃除しないといけないんだろう。これまでオルタネーターに全部やらせてたじゃん。掃除業者でも呼ぼうか。

 六本のうちの一本は他の触手が殺していったオルタネーターを回収して、食肉加工用のひき肉にする機械のベルトコンベアーに乗せていった。丁寧にスイッチが押されて、機械は静かに起動する。漆葉さんはたぶん、両手両足を縄か何かで縛られて逃げられなくしてからここに乗せられたんじゃないかな。俺が聞いたのは声だけで、その現場を見たわけじゃあないから想像するしかないけどさ。


「せんせ! やめるでち!」


 俺のひざにくっついて、涙ながらに訴えかけてくる。こいつはなんて呼んでたんだっけか。数時間前までは覚えてたのに、忘れちまったな。やめるでちって言われても、俺がやりたくてやっているわけじゃあないしさ。どうしたもんかと困惑していたら触手が二本がかりで引き離した。一本が俺のひざに抱きついていた腕をねじ切り、もう一本がそいつの胴体を引っ張る。


「ひとごろしぃっ!」


 最期の言葉は、耳の鼓膜に焼き付いた。


 俺が……?

 俺が全員を殺したの? 俺のせい? 

 お前たちまで俺が悪いって言うの?

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