第70話 ソイレントがいっぱい
「せんせ! できたでち!」
「むむむ! 早くても正確さがなかったらダメってせんせが言ってたでち!」
「せんせ、そうなんでち?」
俺以外の教師役は、オルタネーターたちに一体二体と体という単位を使っていて、人間扱いしてはいない。というか、教師役に限らず、漆葉さん含めてここにいる全員がオルタネーターを軽んじている傾向がある。さらにいえば、オリジナルの――人と人との間で生まれ育った人間と、肉塊にアンゴルモア細胞を組み込んで生産したオルタネーターとでは生まれの時点で明確な差があり、この差は天地が入れ替わろうと覆らないものであると盲目的に信じ込んでいる節すらあった。オルタネーターは人間に非ず。誰に聞いてもそう答える。っていうか、疑念を
「ちょっと見せて」
「どーぞ!」
教卓の上に置かれるノート。オルタネーターはオルタネーターで個体名がない。似たようなものとしては製造番号が割り振られていて、名前欄には無機質な数列が並べられていた。俺はなるべく、彼女らを個人で識別したくて、各々の長所や短所からニックネームをつけている。まあ、このニックネームで彼女らを呼んだことはないけどさ。この子はせっかちさん。頭の回転も足も速いけども、スピードを大事にしすぎてケアレスミスが多い。
「答えとしては合ってるけど、途中式がしっちゃかめっちゃかで……」
問題集に載っている問題の答えをまとめた別冊を、俺だけが持っている。算数ぐらいならこんなものはなくとも答え合わせができるだろうとたかをくくっていたら、案外ド忘れしているもんで。勉強の機会を再度与えられたような感覚に陥っていた。
「6と9が逆になってるでち!」
「ああー」
意気揚々とノートを提出しようとしたせっかちさんに『むむむ!』としていたのはきまじめさん。せっかちさんのノートの途中式を指差して、誤りを指摘してくる。脳内では計算できてんのに、書くときになって逆さまになったのかな。言われて見直すと、確かに、6と9とを入れ替えればこの答えになった。こんなの間違い探しだよ。
「次は気をつけるでち!」
きまじめさんに言われて、せっかちさんはささっとノートを引っ張って回収し、気恥ずかしそうに俯いて、そそくさと自席に戻っていった。きまじめさんは自分の分は終わったのかな。言ってやったぞ、と得意げな顔をしているけどさ。まあ、俺の授業中に全部終わるんなら別にいいよ。終わるんならね。
「席に戻って」
俺が指示すると「はいでち!」と敬礼して、教卓の真ん前の席に座る。……この子たちが人間じゃないっていうのか。ふーん。まだ一週間しか交流できていないが、年相応の女の子たちだと思う。ひいちゃんのほうがかわいいけどさ。かわいさではなく知力とか体力とかならこの子たちのほうが上だろうな。ごく普通の小学校のように、座学の国語や算数に社会と、運動の教科もある。ただ、この運動に関しては正直やりすぎなんだよな。長時間働き続けるスタミナが必要っていうのは、人間側の都合であってだな。この子たちオルタネーターが今の状態でやり遂げられる限度を超えてしまっている。酸欠で倒れちゃうような子もいるしさ。もうちょっと考えたほうがいい。次の授業で寝てんのは見逃してやれよ。俺が甘いんかな。許してたら、教室の半分ぐらいがすやすやと眠ってしまうようになった。みんな、やる気ある?
「あのさ」
たまには目の覚めるようなことを話してやろう。いつもは『問題集の何ページから何ページをやっといて』と言ってから、あとはみんなが各々のタイミングでノートを出しに来るのを待つだけの俺が立ち上がったら、自然と注目してくれる。
「上の人が、みんなを食い物にしようとしている」
どっかから「えっち!」とヤジが飛んで、笑い声が起こった。誰だよそんなこと言うやつ。……まあ、一人しかいねぇな。おませさんめ。ここん中にいる大人たちの顔を思い浮かべる。ちびっ子に手を出すようなのはこの施設の中にはいないよ。たぶん。
「違うよ。オルタネーターを食用にしようとしてんの」
エェー? と俺の言葉を信じていない声がちらほら。教室の出入り口付近の席のうわさ好きさんが「食肉加工場を作ってるって聞いたでち!」と言い出すと、みんな信じ始めたようで「そんな!」「なんででち?」と口々に騒ぎ始めた。その加工場は漆葉さんかユニか俺の持っているカードキーでしか入れない。いまのところは、そうなっている。まあ、俺が万能キーを持っているのを知ってんのはユニだけなんだけどさ。
「上の人って具体的には誰でち?」
きまじめさんが手を挙げて、俺が指す前に問いかけてくる。
「俺の上の人って言ったら、漆葉さんしかいないでしょ。チーフだしさ」
ユニはまあ、ユニだし。俺ん中では同列だと思ってる。この一週間、会ってないけど何してんのかね。託された
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