第66話 人造人間はクローン羊の頭数を数えるか〈前編〉
ユニは黄色の長財布から二枚のカードを取り出すと、一枚を扉のドアハンドルにかざした。ピピっという音の後に鍵の内部でロックが解除される。かざしていないほうを俺に「この
「ユニの部屋にも入れんの?」
冗談めかして言ったのに、ユニは真っ赤になって「バッカじゃないの! そういうことに使うんなら返してちょ!」と俺に渡したカードキーを奪い返そうと手を伸ばすので、届かないように高く持ち上げてやった。バカではないから、こうすれば身長差で届かないことぐらいはわかるよ。安藤もあさんみたいに肩から触手が出てくるんならともかくさ。ところで、そういうことってどういうこと? 何を想像したんだか俺にはさっぱりわからないから教えてよ教授。なんてやりとりをしている間にまたピピっと音が鳴って施錠される。
あーあ。もう何しにきたんだかわかんないな。この扉の向こう側に、宇宙からの侵略者の遺体があるんだったよな。
「んもー! 開けて開けて!」
「はいはい」
その部屋は、元は音楽室だったらしい。扉の内側には防音材がビッチリと貼り付けられている。楽器の類は、五線譜のホワイトボードの手前に置かれているピアノ以外は見当たらない。かつて学校だった頃にはたくさんあったんだろう。廃校になったときにいろんな学校に散り散りになって、ピアノだけが残されたと。ピアノの方が買い手つきそうなもんだけどさ。詳しいことはわからない。俺はピアノなんて弾けないけど、ユニは弾けそうだよな。弾けそうってだけで実際に弾けるかどうかはさておき、弾けそうな顔はしている。
そのピアノのそばに、普通の音楽室には置かれていないものがあった。棺だ。話の流れから鑑みるに、その中で安藤もあは眠っている。これで他の人の死体が入っていたらびっくりだよ。部屋を見回しても、棺はひとつしかない。どこかの壁のボタンを押したら出てくるみたいなギミックはなさそうだ。さっきは天井からスクリーンが降りてきたが、見た感じ、ないだろう。万能のカードキーでなければ入れない場所なのだとしたら隠しておく理由もない。
起きてほしい。
自然と足が動いた。棺の横でしゃがんで、窓を開ける。何も変わっちゃいなかった。変わってしまったのは世界のほうで、安藤もあは安藤もあのままだ。起き上がって、地震が起こる前のように俺に話しかけてほしい。今なら、好きだと言えそうな気がする。そう言ってほしがっているから言うのではなくてさ。俺自身の言葉として伝えられそう。自信はないけど、根拠を探すとしたら、そうだな、宇宙人であるアンゴルモアが社会に適合していく姿を見て、俺も変わらないといけないと思って……と同時に、うらやましかったのかもしれない。俺は何も悪くないのに、みんな俺から離れていくから。俺は俺なりに考えて、周りに合わせているつもりでも、行き着く先はここだった。唯一の味方であってほしい。これまでそうであったように、これからも。俺は本当に悪くないのだと言ってくれ。
最初に出会った時に、手を組んで人類を滅ぼそうと言っていた。その目的は果たせそうだよ。上司だか上位存在だかどっちでもいいけど、元いた星の〝恐怖の大王〟の攻撃のおかげでさ。でも、新世界のアダムとイヴになるんじゃあなかったのか。死んだらどうにもならない。悪い夢を見ているんだ。今は夢の中にいる。現実に引き戻してやりたい。
おとぎ話ならばキスすれば目を覚ましてくれるだろう。ガラス板が邪魔をして、その顔に触れることはできない。だから、ガラス板を力いっぱい叩こうとして「ちょっとぉ!」とユニに止められた。なんで止めるのさ。
「そりゃあさあ、たくさんの人が死んだり世の中やばいことになったりしてるとはいえ殴ることなくない?」
はたから見るとそう見えんのか。ふーん。俺が力づくで、恨みつらみを晴らそうとしているように? ――勘違いしないでくれよ。
「俺はただ、起きてほしくて」
「死んでるよー……っていうか第一発見者でしょ」
あまりにも美しいから。生きているうちに、言えたらよかったのに。死んだという事実が、覆ったみたいに思えたから。こうやって、微動だにしないのを確認しても。触れないからわからないが、きっと暖かいはずなんだ。
「ピースメーカー計画は、アンゴルモアの人間としての器を作るための計画でもあるわけで」
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