第65話 オルタネーター 〈結論〉


 ここには安藤もあの遺体がある。宇宙の果てからやってきた、侵略者だ。彼女の〝コズミックパワー〟という不思議な力を用いれば、この赤紫色スライムを人間の形にまで膨れ上がらせることも――できるのか?


「素体があればどのような姿にでも変化できると、アンゴルモアは実演してみせました」


 確かに安藤もあは、頭部と首から下で別々の人間をモデルとしていた。っていうか『実演して』ってことは、安藤もあはここに来たことがあるんか。俺の預かり知らぬところであっちこっち出かけてたんだな。そんな話全く聞いてなかった。俺が聞き流していただけかもしれないけど。この漆葉チーフじいさんの話が浮世離れしていて、もし安藤もあが漆葉チーフから聞いた話を祖母や俺に語っていたとしても『なんかの映画の話』として処理しているならありうる。人類の存続、あるいは地球の未来がかかっている今となっては、働き手不足は現在進行形で取り組まなければならない問題となってしまったが。


 漆葉チーフは壁のスイッチを押す。

 天井からスクリーンがゆっくりと降りてきた。


『おにいちゃん。ワタシも見たいな?』


 ドラムバッグの中から声がするので、俺は開けて中からウサギのぬいぐるみを取り出す。ウサギさんが見たいと言うのなら。バッグの中からでは見られないだろうし。


「これは別室の様子です。第一世代をベースに、アンゴルモアの細胞を移植して作り上げた『ピースメーカー』計画のオルタネーター第二世代」


 スクリーンに映し出されているのは、だ。顔は違う。似ても似つかない。ひいちゃんのほうがかわいい。それぞれに個体差があるようで、肌の色も白っぽいのから黒っぽいのまでいる。言われなければ普通の人間の女の子と大差ない。みんな水色のスモックを着て、学習机に向かっている。目線の先には――教師役だろうか――白衣の男がいて、ホワイトボードに簡単な数式を書いていた。


 俺は今一度水槽を見た。

 この肉塊が〝コズミックパワー〟でここまで変わるものか。


「今はこの年齢のしか生み出せていませんが『ピースメーカー』計画としては、オルタネーターは人類が請け負っていたありとあらゆる――肉体労働から知的な作業までを肩代わりする必要がありますので、調整していきます。いくら代替品とはいえ、斯様な年端もいかぬ女の子を労働環境へ売り込めませんし、理論上どのような姿にでも変更できますからね」


 20XX年の科学技術では肉塊までしか作れなかったが、そこに宇宙の不思議な力が加わって、人は人を生み出すようになってしまったらしい。


「彼女らは人間なんですか?」


 俺の口から疑問がこぼれ落ちる。


 見た目は人間だ。間違いなく。第二世代の彼女らは授業を受けている。白衣の男が書く文字を識別し、鉛筆を持ってノートに書き記していた。先に第一世代の肉塊を見せられていなければ、この国のどこかにある国際色豊かな小学校の現在の様子の中継映像と言われても納得するだろう。


「オルタネーターですよ。人間の代役オルタナティヴです。今後の『人類の平和』を維持していくための〝発電機オルタネーター〟ともかかっています。いい名称でしょう?」


 漆葉チーフは得意げに解説してくれた。

 このぶんだとザナドゥもこの人のセンスなんだろうな。


 人間の姿をしているけれど、人間ではない。そうか。彼女らは今何を思っているんだろう。俺がオルタネーターの立場だったら、そうだな、人間とオルタネーターとで何が違うのか、どうして人間は働かずに日々を無為に過ごしているのに、なんて考えてしまいそうなものだけど。


旧い正義をかざす非人道的と蔑む人々を一掃し、僕らはヒエラルキーの頂点に立ちます。理解できぬは、死んでしまえばいいのです」


 ギラギラとした瞳で高らかに理想を謳う漆葉チーフに、ユニは「そうだそうだー」と同意して拍手を送っている。同意するのか。まあ、そうなんだろうな。


 頭の中で『ピースメーカー』計画を整理しておこう。


 これまでの人間が『積極的にやりたくなかったけど生きていくにはやるしかないからやっていた』仕事をオルタネーターが代わりにやってくれるようになれば『人類の平和』は実現される、と。生き残った人類には政府からベーシックインカムとして金を配って、労働せずとも暮らしていける仕組みを作る。理解した。うまくいくかどうかは別として。


 いいんじゃないかな。うん。それでも働きたい人間は働けばいいんだしさ。人類、もっと自由に生きるべきだよ。せっかく生き残れたのだから。


 でも、やはり懸念を払拭し切れない。人が他人の環境を羨むように、オルタネーターは人間を恨まないのか。社会の歯車として生み出された存在として、その職務を全うしようとする個体ばかりではないと思う。生まれを不遇と信じ、同じ姿形をした他の生き物を攻撃しないのか。そういう発想に辿り着いてしまうのは俺自身が不幸だからかな。うまく管理できるものなのか。


 奴隷制度と何が違うの?


「じゃあ、次は安藤もあに再会しようか。タクミ」

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