第62話 絶対安静都市 〈後編〉
「つかぬことをお聞きしますがー」
レジに立っている店員にユニがにじり寄っていく。俺と比べてユニはパンツスーツ姿だ。ショートボブに低身長なので就活生のコスプレに見えなくはない。ペットボトルが並べられている棚も、水や茶が並んでいたであろうレーンは買い尽くされて無が並べられている。スポーツドリンクもごくわずか。炭酸やジュースの
俺はコーラを手にして、レジへと向かうこととする。
遠回しすぎないか?
学年としては二個上の先輩で、当時の中一の俺からしたら「どちらさんですか?」ぐらいの認識しかなかった。それから、あちらさんから誘われて、どっかに出かけて、わかりやすく告白されて、曖昧にオーケーした。同級生よりも背伸びした心持ちになったのは覚えている。思い返せばあれが初恋だったんじゃあないかな。あちらさんについて回って、いろいろ出かけるのは楽しかった。
そのうちあちらさんが受験でお忙しくなって、疎遠になってしまったから今は何してんのかわからない。どちらかといえば生きていてほしいな。
「パンとかおにぎりとかっていつ入ってきます?」
ふいにその先輩とのファーストコンタクトを思い出してしまったのは、店員が
「それがー……わたしたちにもわからなくてー」
バツの悪そうな顔で店員が答える。ユニは「なんてこったー」と水色の前髪の上からその額を押さえた。っていうか、どうせ目的地に食堂があるんだからそこで食えばいいんじゃあないか。
「申し訳ございません!」
店員は何も悪くないのにユニに謝っている。
ユニが文句を言わずにビスケットを食べていればこの子は謝らなくても済んだのになァ?
店員と
「コーラ飲める?」
俺は日本語で話しかけたのに、その内容が伝わらなくて「えっ」と店員は目を白黒させた。ドラムバッグから俺の携帯端末を取り出してからスキャナーを指差して「お会計してほしいんだけど」と頼んでようやく「あ、いらっしゃいませ! 袋ご利用ですか?」と定形文が口をついて出てくる。
「いらないよ」
「ありがとうございます! お支払いは!」
「スイカで」
ピピッと決済音が鳴って、背後からユニが「何ふつーに買い物しちゃってんのさーあ」といちゃもんをつけてきた。コンビニで買い物して何が悪いのか。そんでもって、買ったものは俺のものだから俺がどうしようと俺の勝手だ。
「あげる」
「え、」
会計したばかりのペットボトルのコーラを面前にちらつかすと、また事態がうまく飲み込めていない顔をされてしまった。店員は視線をレジの裏手――そっちに事務所があって、そこに責任者がいるのだろう――に向けて助けを求める。俺は悪くないが。いらないならいらないと言ってほしい。自分で飲むから。
「ありがとうございます?」
受け取ってくれるようだ。
語尾に疑問符をつけてお礼を述べてから、裏手にコーラを持って行こうとして「ちょっと待って!」とユニに制止された。
「セブンスターをカートンで欲しいんだけど! 在庫あるだけ!」
何を言い出すかと思えばタバコか。そういや買うんだったな。主目的はこっちだったよ。
店員は「あるだけって何個ですか!」と混乱している。初めて聞く注文だったんだろうな。ふつーは『あるだけ』って言わないよ。タバコ吸わねェから買ったことないけどさ。合計いくらになるんだろうな。
「あと! ソフトとボックスどちらですか!」
なんだそれ。
タバコにも種類があんのか。
「……どっちだろう?」
ユニが例のチワワのような潤んだ瞳で俺を見てくる。知るかよ。タバコにソフトとボックスがあるの、今初めて知ったのにさ。俺が首を傾げるとユニは「売れているほうで!」と叫んだ。売れているほうだと在庫もないんじゃあないか?
「わかりました! 少々お待ちください!」
店員も『売れているほう』で通じるのか。それとも裏手に誰か責任者がいて、そいつに聞くのかな。コーラを持ったまま事務所に引っ込んでいく。首を伸ばして扉の向こう側を見やったが、向こう側は〝節電〟なのか照明は落とされていた上にすぐに閉められてしまってイマイチわからなかった。
「あーいう素朴でイモっぽい子が好み?」
本人が見えなくなったのをいいことに、俺のヘソの辺りを人差し指でつっつきながらユニが問いかけてくる。ああいう雰囲気をイモっぽいと表現するのか。安藤もあは頭部だけなら垢抜けていたが、物事へと真面目に取り組む姿勢はそっくりだ。生前に褒めてあげられていたら、この未来はなかっただろう。過ぎたことを悔やんでも仕方ないけどさ。
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