第59話 世界のどん底で愛を叫ぶけもの 〈前編〉



 わかっている。

 どれだけ泣いても、解決はしない。


 ユニは〝でかい男がうずくまって泣いている姿〟を見て、どう思っているのだろう。このつらさを外に追い出すには、涙を流すしかないからこうしている。過呼吸がおさまらなくて、動悸は激しくて、鏡で見なくともわかるぐらいに目の周りを泣き腫らしていても、どうせ誰も救ってくれやしない。かつて俺のそばに突っ立っていた一般的にはと呼ばれるような存在も、あくまで一時的なものであって、内面では『男らしくない』だのと嫌悪していたからこそ恋人という関係性が長続きしなかったんだろう。


 人間は他人を外見だけで判断し、その内側に秘めた心も強いと勘違いする。自分で立ち直り、どうにかするだろうと値踏みして、手を差し伸べるようなマネはしない。同じぐらい困っている人間がいて、性別が男と女であれば女を手伝うのが当たり前だ。俺でもそうする。例えば、今の立場が逆なら。俺ではなく背丈が低くて巨乳で年齢のわりに可愛らしいユニが泣き崩れていたとすれば、大なり小なり下心はあるやもしれない男どもが競い合って駆けつける。


 俺もアンゴルモアみたく、別の姿になれたらいいのに。


「あのさーあ」


 さて、何を言われるのか。


「あれは赤の他人の私でも言い過ぎだって思っちゃったかな。うんうん」


 驚いた。顔を上げてみる。ポリポリと後頭部を掻いていた。俺とは目を合わさないようにしているのか、視線は照明のほうを向いている。ここまでのユニの言動から考えるに「男のくせに泣いてんの」ぐらいのセリフを想定していたので、


 いい意味で予想外だよ。最悪、ゲラゲラと指をさされて笑われるところまで想像していた。やりそうじゃあないか。そこまでされたらキレるよ。


 ユニは俺を好きになってくれる憐れんでくれる


 なるべく長続きしてほしい。俺はユニの彼氏でもなんでもないけどさ。できる限り長期間そうであってほしい。ああでも、嫌いなんだっけ?


「おかあさんとはなんて話してたの」


 うわずった声で訊ねれば「君の悪口は一言も言ってないよーん」と返された。いつもの軽い語調ではあるし、目を合わせようとはしてくれないが、目の色は嘘をついていない。そっか。ユニがなんだかんだとデタラメを並べて、あの言葉を母親から引き出したのではないらしい。それはよかった。


「君のお父さんとお母さんとの間で金銭トラブルがあって、その、金の切れ目が縁の切れ目じゃないけど、お母さんが激怒して離婚というオチ」

「俺、悪くないじゃん」

「そうそう。君はぜんっぜん悪くなくて『あの男の血を引いた子どもを育てとうない』みたいな的な」


 何それ。


 自分のことなのに、怒りを通り越して笑えてきた。女さん無理だわ。とことん理解できない。血がつながっていてもそんなもんなんだな。よく『腹を痛めて産んだ』なんていうけど、所詮は人と人。この二十数年の隔絶が親子関係を完全にまっさらにしてしまっていた。瞳の色が似ているというだけ。


 もうとは金輪際関わり合いになりたくない。

 まあ、向こうも同じ気持ちだろうけどさ。


「ははは」


 一生かかっても〝家族愛〟は手に入らない。最後の希望実の母親からもけんもほろろに突き放された。俺が「会いたい」と言うのを、ユニが引き止めてくれりゃあよかったのにとさえ思ってしまう。一縷の望みを託さなければ、俺はありもしないを信じていられた。


 でかくなりたくてなったわけじゃあないのに。


「ははははははは」


 助けてくれ!


 ……もういいよ。

 もう。

 こんなのたくさんだ。


 どうにでもなってしまえ。


「いっそのこと、みんな不幸になってしまえばいい。俺苦しむ世界なら、滅びてしまえ!」


 言っちゃった。


 ユニにはどう解釈されたかな。とうとう頭がおかしくなったと判断されたかも。それでもいいや。元からイカれた男だって思われていたら、その認識であながち間違っていない。まともに育てってほうが無理でしょ。


『全人類が等しく不幸Zero-Sumでありますように』


 ウサギさんが呪文を唱えた。

 その言葉は天に吸い込まれるように消えていったが、俺の耳には確かに届く。


「いいな、それ」


 ウサギさんの頭を掴んで持ち上げてから、持ち替えて胴を掴む。

 そのふかふかの身体から、声が聞こえてきた。


『おにいちゃんは、おにいちゃんをひいちゃんを蘇らせて、この世界でたった一人だけの幸福な人間にならないといけない。これまで不幸であったぶん、これからは幸せにならないとね。他の全てを不幸に陥れてでも、


 ここまでのつらい人生がこれからのためにあったのだとすれば、俺はどんなことでも乗り越えられる。そんな気がしてきた。ウサギさんが俺を鼓舞してくれる。

 俺のそばに常に存在していて、俺を導いてくれるのはウサギさんだけだ。


 わーい。


 ……いや?

 もう一人いる。


「ユニ、教えて」


 ――なあ、ユニ。

 俺の求める答えがほしい。


 開始地点が間違っていたのか、どこかで修正可能だったのか、これからどうすればいいのか、死んでしまったほうがマシなのか。俺のせいで〝恐怖の大王〟が動き、この地球上のありとあらゆる生命が死に絶えるのであれば、俺はその罪をどう償えばいいのか。それは罪なのか。俺はただ、アンゴルモアの誘いに乗っただけで、……この選択は俺自身のものだから、俺が責任を取るべきなのか。


 これまでの俺を知っているユニなら正解を出してくれるはずだ。


「俺は『生まれてこなければよかった』のかを」


 こんなに不憫で、醜くて、可哀想な俺を、慰めてくれよ!



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