第58話 “I am your mother” 〈episodeVI〉
画面を隔ててあちら側に、先ほど調べて出てきた写真の女性をやや老けさせた顔の女性が現れる。写真を撮影したのがいつなのかは定かではないが、だいぶ加工は入っていそうだ。それでも、雰囲気は変わらない。
俺の実の母親。
昨今の情勢を鑑みれば、老けたのではなく疲れが顔面に現れているのかもしれない。地球上のありとあらゆる場所に落ちた隕石により、世界経済は過去の世界大戦時レベルで混乱している――らしい。他の国の話だから、他人事だ。もちろん日本も自然災害により大打撃は受けているのだが、今にも宇宙戦争を始めそうな他国と比較したらまだマシだろう。彼らはどの星と戦争を始めるおつもりなのか。軍事施設は使い物にならないというのに。それとも、どこからともなくスーパーヒーローが駆けつけて世界を救うとでも思っているのだろうか。信じる者は救われるって正気か?
隕石を落下させたのがアンゴルモアの親玉の〝恐怖の大王〟だと知っているのは、俺とユニぐらいなのに。
『
オレンジ色の瞳はユニを見ている。
俺には気付いていない。
あちら側の通信環境が悪いのか、映像は時折乱れる。
五代との通信時は起こらなかったので、こちら側の問題ではない。
『
『
中国語だ。しかし、授業で扱っていた中国語とは異なっている。この場には日本人しかいないんだから日本語で会話すればいいのにな。それか英語ならまだ、完璧ではなくともある程度は把握できるのにさ。俺だけ蚊帳の外じゃあないか。
ユニはあちらの言語にすぐさま対応して、同じ言語で会話している。俺には何を話しているのかがさっぱりわからない。中国語は日本でいうところの方言以上に、各地域で使用されている言語に違いがあり、今、母親とユニとが使用しているのは……広東語?
『
右手で俺の肩を掴んで、ユニはモニターの上部に取り付けられたレンズを左手で指差す。指示するなら日本語でしてほしい。まあ、レンズを注視しろってことなんだろう。
『
『
おかあさんが俺を見てくれている。こういうとき、どうすればいいんだろう。俺が物心つく前に俺の元を離れてしまい、家には写真の一枚も残っていなかった。今日の今日まで顔を知らない母親。声を聞いたのも初めて。夫たる
『呢
ユニは唖然として「そんな……」と日本語でこぼしている。
翻訳してほしい。
『
『
『
『……』
『
おかあさんは机を叩いた。話の流れは掴めないが、怒っている。言葉は理解できなくとも、その感情は読み取れるもので。
『
『
『
わざわざ近づけさせたのに、今度は俺をレンズから引き離す。
『
『
『
『
『
「今なんて話してたのか説明してくれません?」
いい加減にしろよ。
俺とおかあさんとで二十数年ぶりの再会の喜びを分かち合う機会なのに、ここまでずっとユニとしか話してねェじゃんか。ふざけんなよ。始まる前に「もし何かあっても、ユニちゃんのせいにはしないでよね」と言われたけど、こうもまともに喋れねぇとユニちゃんのせいにしたくなる。
「生まれてこなければよかったのに」
……は?
突然の日本語と、その中身で、俺の思考が停止する。
……。
……。
なんで?
なんでおかあさんが、あいつと同じことを言うの!?
ゆっくり、じっくりと、脳を侵食していく。
じわりじわりと、悲しみが心を蝕んだ。
枝葉末節から食い込んでくる。
どうしておかあさんは「好き」って言ってくれないの?
そう言ってくれるだけで、俺は救われるのに。
だって、母親は、俺の知っている母親は、子どもを愛しているもので。
子どものためならばありとあらゆるものを犠牲にして、子どものためにその人生を無条件で捧げてくれるものだから、だから……そんな、そんな『生まれてこなければよかった』なんて、ぜっっっっっっっっっっっっっっっっったいに言わない!
言わない、言うはずがない、冗談でも言わない。
嘘だとしたら笑えない。そんな笑えない嘘はつかない。
俺は、何。
俺は人間で、あなたと
俺は悪くない。
悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない!
こんなに頑張ってきたのに。
『
そうだ。
俺は人間じゃあないんだった。
人並みの努力程度で、人並みの幸せを得ようと思うのがおかしい。
それでも、――なんでだろう?
ひざに力が入らなくなって、その場にしゃがみ込む。身体の震えが止まらない。涙が出てきて、俺は顔を手で覆い隠した。
『
聞きたくない。
『
『
『
『
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