第57話 “I am your mother” 〈episodeV〉


【TIPS】


 トウキョー・ウエノの交差点で乗用車とバイクが接触。バイクを運転していた男性はガードレールに追突し、心肺停止の状態で病院に運ばれましたがその後、死亡が確認されました。乗用車は暴走し、歩道に乗り上げて五代勇治さんと晴人さん親子をはね飛ばし、シノバズ池に侵入。乗用車を運転していたトウキョー在住の――


「被害者気取りのクズめ」



 ***



 引っかかる言い回しはされたけどさ。晴人くんが無事ならそれでいいや。俺としてはね。お礼も言われたことだし。これ以上の追及はしないでおこう。次は手や目を離さないようにしてもらいたいぐらい?


『同席しよ思ってたけど、用事あるんやったわ。じゃあの』

「急にかけてきて急に切るやつ!」

『そっちのほう、直撃しとるやんか。ひとまずこっちの安全は確保できたから、よーやっとよそんちがどないなっとるかかけてまわっとるところやで』


 背景が宇宙に設定されているので、手元に野菜ジュースがあること以外はわからない。そっちのほう、と言うからにはこの首都直下型の地震の被害をある程度は免れた場所なのだろう、とは推測できる。


「あらあら。ご心配おかけしましたんたかたん。だいたいこいつが悪いから、あとで私からポカポカしとくねん」


 ポカポカされんのは痛くねェからいいよ。

 ただ、むしろご褒美って言っちゃうやつはわからん。Mなんだろうけどさ。そういう趣味はないんだよな。一色京壱くんのほうはわからないよ。


『ほな、またな』


 アンゴルモアの話は一切できずじまいで、五代との通話は終わった。あちらさんが切る直前、俺は一瞥されたような気はしたが、キッと睨まれるようなことをした覚えはない。五代が昔っから、それこそ俺がユニと連絡を取り合うようになる前からユニを狙ってたってんならともかく。いとこだって言ってたし。


 ユニは画面にニッコニコで手を振ってからマウスを操作してウィンドウを閉じると、怒りを含んだジト目になって俺に向き直る。あからさまに態度を変えてくるじゃあないか。俺にも正面からの笑顔を見せてほしい。


「あのさーあ、これ突っ込んじゃいけなかったらごめんなんだけどさーあ、


 まだ蒸し返すのか、その話。


 まあ、考えてみたら、そっか、話のスタート地点に巻き戻されたようなもんか。五代が割り込んだせいで話が逸れただけであって。――どうして『子どもが生まれる前に殺してしまったのか』をつっこまれてたんだった。そんでどういうわけかあの父親あいつと比較されてキレそうっていうかキレたけど。やめてほしい。できれば思い出したくないタイプの思い出だから。


「百万光年歩ぐらい譲って、安藤もあは愛しい侵略者アンゴルモアだから『コズミックパワーで地球人の子どもなんて妊娠しないもん!』はありえたかもかもだけど。現実そうはいかなかったけどけど」

「……遺体はどこに?」

よーん。


 姫の護衛たちが運んだんだっけ。再会したら、謝ろう。死んでいる相手に話しかけたところで、この言葉が相手に届くかどうかはさておき。死ななくてもよかったじゃん。生きていてほしかった。俺が俺の思う俺の理想の家族を、……宇宙人と築くの?


「で。後妻さんの話になるんだけどさーあ。納得いかなくてさーあ。前にさーあ、君は『後妻さんのほうから迫ってきた』って言ってたじゃーん?」

「そうですよ」

「私が君のおばあちゃんから聞いている人物像と食い違うんだよなーん?」

「俺が一色京壱を知らないように、ユニは後妻さんのことを又聞きでしか知れないじゃあないですか。家族にしか見せない裏があったって話ですよ」

「白々しいな」


 何度かこの人、俺のことは嫌いって明言してくれているけれど、こういう反応されるとほんっとーに嫌いなんだろうなって実感できる。まるで信じてくれていないこの目。俺って嘘つくの下手なのかな。小さい時から今の今まで嘘を積み重ねてきたし。周りも信じてくれていたように見えたけど。


 この年齢になってから、疑われやすくなったような。


「そうだとしても、だとしてもですよ、君の意志でどうにか回避できたのではなくて? だってさ、どうなるかぐらいわかってたでしょ? そんなに君にとってのって――待って、理解してあげたくないのに自己解決しそう。自分で自分がキモチワルイ」


 ユニはあからさまに震え上がるような仕草を見せ「ほら見て、鳥肌立っちゃった」とその右腕を見せてくる。


「俺は父親あいつにはなりたくなかったし、」

「母親のように


 でも。

 それでも。


 父親と違って、母親なら、俺を。後妻さんはひいちゃんを愛していたし、安藤もあが自ら命を絶ったのは――真相は本人にしか知りえないけれど――俺が子どもを中絶させようとしたからで。母親はどうであれ子どもを愛してくれるものなのだ。絶対にそう。


 生まれてすぐに見捨てた理由は後々にでも聞けばいい。

 とにかく成長した俺を見てほしい!


「ははは、ははは」


 もうすぐ会えるんだあ。

 自然と笑いが込み上げてきて、口元を押さえた。

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