第56話 “I am your mother” 〈episode IV〉

『そっちの兄さんが例の〝京壱くん〟?』


 俺がしれっと「そうです」と答えるよりもはやく、ユニが「違うよーん!」と否定した。シャワー浴びに行く前にだのなんだのって言ってくれたのに、そのは瓦解したんですかァ?


 俺としては〝京壱くん〟で押し通してもよかったのにな。


『ユニ坊が男といるなんて、隕石の次は槍でも降るんとちゃいます?』

「縁起でもない! 全世界がガチで冗談じゃなくやーばい時にそーゆーこと言わないの!」

『せやなぁ』

「あっちこっちでドッカーンしている原因はこいつのせいなんだから、文句はこいつに言おうね」


 ユニと五代は親しげに話している。どういう関係性だろう。一応ユニは〝教授〟なのにさ。面と向かって『ユニ坊』なんて呼び方をするのは、相当仲が良いと見た。俺はさらっと〝こいつ〟呼ばわりされたな?


『っちゅーことは、兄さんは超能力者のたぐいなん?』

「いいえ?」


 五代は手元の野菜ジュースをストローで吸ってから『なら、宇宙からの侵略者インベーダー?』と続けてきた。


 俺自身は侵略者ではない。安藤もあことアンゴルモアはそうだったけれど、彼女は首を吊って死んだ。死んでしまったから、故郷の星からが地球に向けて隕石を落とした。――という流れだったよな。確か。


 日本は地震で済んでいるから、実感湧かないけどさ。


『なんやその目は。そんな睨まんといてーな。ダイジョーブダイジョーブ。自分はユニ坊のいとこやから、ユニ坊を横取りせぇへんって』


 アンゴルモアという宇宙からの侵略者について、第三者にどう説明すべきか考えていただけだ。睨んでいるように見えたか。気をつけよう。……なァんか誤解されているな。訂正してやったほうがいいか、するとしたらどう弁明しようかと、ちらりとユニを見やる。


次の瞬間、捲し立てるように「べ、別にこいつは彼氏じゃないもん! 違うもん! 私は今でも京壱くんを愛していて! こいつのことは大っ嫌いだもん!」とこちらの頭が痛くなるような返事をされてしまった。


あのさ。今からだと手遅れかもしれねェけど俺のこと〝京壱くん〟ってことにしといたほうが幾分かマシだったんとちゃいますか。


『さ、さよか』


 五代もその物凄い剣幕のせいで面食らってるしさ。


 聞いてもいないのに自己紹介をしてくれたおかげで、ユニとの関係性が判明した。研究室では男どもと扉を隔てて一切の交流をしていなかったユニが、男っぽくないとはいえ生物学上は男――だと思うこの五代に心を許しているのは血縁関係があるからなのね。俺には親戚付き合いの経験はないが、普通のご家庭は正月や葬式で顔を合わせるものらしいしな。似てねぇけど。


 ユニも年齢不詳だが、この五代も何歳なのかわからない。年齢が外見に出にくい血統なのかな。俺と同世代と言われたらそうだろうし、ユニと同年代だとしても違和感はない。


『ねーねー。おにいちゃん。五代って子、昨日会わなかった?』


 しばらく黙っていたウサギさんが、不意に話しかけてくる。


 そうだ。聞き覚えのある名字だと思ったよ。つい昨日聞いたばかりじゃあないか。ウサギさんはアシストがうまいなぁ。


「昨日、五代晴人って男の子に会ったんですが、弟さんですか?」


 あのあと、晴人くんのおにいちゃんが迎えに行ったのか。俺には確認しようがなかった。晴人くんが俺の名前をおにいちゃんに伝えていたら、お礼の連絡ぐらいくれてもいい。まあ、電話がつながりにくいというのはあるか。


『ん、ああ、晴人は自分の弟やけど』

「人混みで迷子になっていたところを、俺が交番に連れて行ったんです。おにいちゃんとはぐれたと言っていました」


 五代は――何か引っかかることがあったのか――しばし目を泳がせてから『兄さん、名前は?』と問いかけてくる。まだ名乗っていなかった。向こうにはおそらく〝弐瓶柚二〟の名前が表示されているのだろうし。名乗らないとわからんよな。


参宮拓三さんぐうたくみです」


 俺が答えると、五代はその糸目を見開いた。そして手を叩いてから『あー、あー! 兄さんが参宮拓三なんかー! えらい偶然やんなー! うちの弟がなー!』と頭を下げてくる。なんやのん。急にテンションおかしうなるやん。


「え、でも、晴人くんって確か、」


 話に入れていなかったユニが何かに気付いた様子で呟いた。

 五代はユニの言葉の続きをかき消すように『ええか、拓三ぃ!』と前置きする。


『あんたは忘れとるやろうけど、自分らはずぅっと覚えとるからな。……そう身構えなさんなって。で仲良くしようや』

「俺が何を忘れているって?」


 生き残ったもん同士、って何だよ。気になるな。晴人くん、あの後どうなったのさ。であるお前が助けに行ったんじゃねぇのか。


『言葉のあやっちゅーもんやから、そこは気にせんとって。、あんたはユニ坊をよろしゅうな』

「え、私?」

『拓三の彼女なんやろ?』

「違うってば!」


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