第54話 “I am your mother” 〈episode II〉
……。
……。
「もおおおおお! もう! 牛になっちゃうんだから!」
『ユニ』
「他人のものを勝手に使うなんてサイッテー! 意味がわからなすぎて涙出そう! でも泣かない!」
『ユニ!』
「こ! れ! で! も! ユニちゃんは教授なんだから! わかってんのかな!?」
『ユニ……』
「退学だよ退学! 退学ですぅ! アウト! チェンジ! よよいのよい!」
「うるさい」
「うっ、うるさいとはなんだね! 目上の人に向かってその口のきき方はなんだね!」
ユニは〝教授〟だもんな。知ってるよ。
それなら〝学生〟である俺の質問に答えてくれるよな?
「この人は、俺の実の母親?」
俺がモニターをユニのほうに向けると「あ」と口からこぼして目はパチクリとさせる。図星だな。ただし取り繕うことはなく、咳払いしてから「そうね」と肯定してくれた。
「会わせてほしい」
「ダメ」
即答だ。
まあ、会うのは難しいか。あっちは香港だし。飛行機が飛ぶのかも怪しいもんな。地震の影響で滑走路も使えなくなっている。
「インターネット越しでいいから話がしたい」
「ダメ」
「なぜ?」
ユニは「はぁー」とわざとらしくため息をついて、モニターを元の位置に戻す。そして水色の前髪をいじりながら「君が生まれてから今日までに、一度でもあちらからのアクションはあった?」と訊ねてきた。
ない。
この場所でユニに届いているメールを見て、その名前を調べるまで、顔はおろか、住んでいる場所も、あまつさえ新しい家族と幸せそうに暮らしていることすら知らなかった。それでも、ひと目見ただけですぐに俺の母親だと判別できる。間違いない。この人が俺の母親なのだ。
こうして再び巡り会えたのは、きっと、そういう巡り合わせのようなもので。このタイミングだからこそ、運命が引き寄せてくれた。きっとそうだ。そうに違いない!
「ははは」
実の母親なのだから俺を愛してくれる。
アンゴルモアがもたらした隕石によって地球全体は混乱の渦に巻き込まれて、人間は
おかあさん!
俺は両頬を手で挟んで持ち上げる。二十数年ぶりに奇跡的な再会を果たして、俺は諦めていた〝家族愛〟を手に入れるのだ。あの父親が亡くなってしまって、絶望視していたが、――ここにきて最後のチャンスが到来した。千載一遇。逃せば次はない。
後妻さんがひいちゃんを可愛がっていたように、世の母親がそうであるように、俺のおかあさんも俺を好きになってくれる。そうでないとおかしい。この空白の時間を、補って余りある愛情で満たしてくれる。もとより空虚だった俺自身の人生を、肯定してくれるだろう。
事情通ではあれど赤の他人であるユニは俺と目が合うなり「……キモチワルイ」と感想を述べた。おそらく今の俺は、恍惚とした表情を浮かべている。気持ち悪いとまとめられてしまうのは、冷や水を引っ掛けられたような心持ちになってしまう。
「君的には、ミラクルハッピー超展開な再会ってことにしたいのかな?」
ユニがにじり寄ってくる。そのチワワのような潤んだ瞳で、斜め下の方向から俺に食い入るような視線で見上げてきた。ユニと俺とでは頭ひとつぶんの身長差があるので、どれほど睨みつけようと迫力にかけてしまう。ショートボブのヘアスタイルに、涼やかな水色に染め分けられた前髪は完全には乾いていない。
「私は両親から大事に育てられたもんで、君が強めに抱いている母親に関する幻想をパーフェクトに理解してあげるのはぶっちゃけ難しい。でもね、」
一旦切る。
その目を伏せて「君は二度も自身の子どもを殺したじゃんか」と続けてきた。
「二人に対して、君自身はどう思っているのかな。生まれる前に殺してしまった二人にだって、親から愛される権利はあった。父親である君が、――他の誰でもない、誰のせいでもない、君の父親の後妻さんのせいでもなければ安藤もあでもない。責任の所在ははっきりとしている。お前のせいで死んだ。お前は子どもを殺して親としての責任から逃げた。二度も」
ふーん。そう。そこか。そこで突っかかってくるんだ。親となりそうだった俺は子どもを愛さずに切り捨てたのに、俺は親から愛されようなんてそうはいかねェからなって話ね。はいはい。
こんなにちっちゃいのに、精一杯こわい顔しちゃって。頑張っちゃってまあまあ。似合ってねェなぁ。ユニはニコニコしているほうがかわいいよ。ほんとほんと。嘘ついても仕方ないし。ユニ目当てで単位選ぶ学生いるの、今になってようやくわかってきた。
これだけ俺が嫌がりそうなセリフを吐きつけてくんのに、身体は赦してくれるんだもん。
「君をここまで育ててくれた君の父親のほうが、君よりだいぶマシだと思っちゃうんだけど、その辺はどう?」
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