第53話 “I am your mother”  〈episode I〉


 手持ち無沙汰になってしまった俺は着替えて、ユニのパソコンを立ち上げた。顔認証や指紋認証ではなく、パスワードを入力する形式でログインできるようだ。デスク周りにはパスワードらしきものはない。まあ、情報工学専攻だもんな。


 モニターの斜め上に付箋で貼り付けてあっても驚かないけどさ。ユニ、そういうことしそうじゃん。……バカにしすぎか。


「ぱ、す、わー、ど」


 それっぽい単語が思いつかないので、テキトーに入力欄に打ち込む。さすがにログインできない。そりゃそうか。パソコンがダメそうなら携帯端末でも覗こうかな。昨日ニュースサイト見せてもらった時にさらっとパスワードを聞いておくべきだったな。答えてくれるかどうかは別としてさ。


 ワイヤレス充電器の上に置きっぱなしになっているユニの携帯端末を手にして、ロック画面を見る。


 \u4eac\u58f1\u304f\u3093\u306e\u8a95\u751f\u65e5


 なんだこれ……?


『どうしたの?』


 首を傾げていると、ウサギさんが話しかけてきた。俺は「ユニのパソコンを見たいんだけど、ウサギさんはパスワード知らない?」と話を振るだけふってみる。ひいちゃんのウサギさんはひいちゃんの死後、俺の部屋に置きっぱなしになっていたので、ここでユニのパスワードをパッと答えられるはずもない。でも、一人でああでもないこうでもないと考えるよりはウサギさんの知恵を拝借したほうがいい。


「これ、なんだかわかる?」


 俺はユニの携帯端末の画面を点けたまま、ウサギさんに見せる。


『暗号? 謎解きゲームみたいでワクワクしちゃうね!』


 ウサギさんは前向きだなァ。ユニが戻ってくる前にチャチャっと解きたいんだけどさ。どんな怒り方すんのかな。ユニ、怒ってもそんなに怖くなさそうだよね。ちっちゃいし。チワワがキャンキャン吠えているようなもの。


 この謎の文字列を自分の携帯端末に打ち込んで、検索してみる。

 ヒントぐらいは出て来てほしかったが、出ない。


 もしかするとこの謎の文字列自体がパスワードなのか。打ち込んでみる。……もしかしなかった。違うらしい。これそのものではないか。そりゃそっか。


 あと一回間違えたらロックがかかってしまう。

 もしロックがかかったら、解除されるまでに三分待たなければならない。


『全部にuが入ってて、そのあとに数字が入っている』

「うん?」

『uと数字で表記する暗号っぽいものってなーに? おにいちゃん知ってる?』

「ユニの暗号かあ」


 ユニの暗号……ユニコード……?


 Unicode?


 どこかで聞いたような。そんな単語があった気がする。情報工学的な用語として。自分の携帯端末でユニコードを検索してみる。やっぱりあった。これだこれこれ。


 検索で出てきたユニコードから日本語に変換してくれる便利なサイトでユニコード変換をしてみる。


 出てきた。


「“京壱くんの誕生日”」


 ビンゴっぽいけど俺が知っているわけがないじゃあん。一色京壱の誕生日なんてさ。知らない知らない。とはいえ、とはいえだよ。ここまで判明したのに引き下がりたくはねェな?


『一月二十三日』


 ウサギさんがさらっと日付を答えてくれた。答えてくれたのはいいけれど、それはひいちゃんの誕生日じゃあないか。念のために俺が「どこで聞いたのそれ」と確認してみる。


『ユニが話していた』

「いつ?」

『いつだったかな。ユニが一色京壱の良きところを語っていたときに』

「……ふーん?」


 いつの話をしているのか。ユニが俺の部屋を訪れたことなんて、一度もないけど。……まあ、いいや。123って入力したらログインできたし。


 おびただしい量のメールが届いている。俺はメールボックスの未読数をゼロにしたい人だから、こうはならない。普段どんな研究をしているのかとか、プライベートなフォルダとか、見たいものはたくさんある。が、これだけ数字が膨れ上がってしまっているのが何よりも気になってしまう。


 マウスを動かして、メーラーを立ち上げた。

 いまどきメーラーでやりとりしているのもなんだか、情報工学専攻らしくはない。

 SlackとかTeamsとかじゃあないんだ。


「……」


 俺がこの場所に到着する直前まで、ユニは一人の女性――名前からして女性っぽいから、女性としておく――とやりとりしていた。他のメールは手付かずで、その女性から送られたメールだけは開かれている。返信もしていた。


 ユニの身を案じているようなタイトルのメールも届いているが、それらをスルーしている。

 未読のまま放置だ。

 よっぽどこの女性とのコミュニケーションを優先したいらしい。


 聞いたことも見たこともない名前なので、ブラウザーを立ち上げてその女性の名前を検索してみる。


「ちょっと! 何勝手に人のパソコンいじってってっドァあ!」

『ユニ、おかえりー。すってんころりんしちゃったね。ケガはない?』

「うううう足ひねったかもかも……ヘルプヘルプ!」



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