第52話 デイアフターイエスタデイ 〈裏〉


 私・弐瓶柚二にへいゆには〝ゲームマスター〟宮城創と出会い、幼馴染の京壱くんのあとを追いかけるようにして『Transport Gaming Xanadu』――通称・TGXの世界へと、屋上から文字通り。転生した私は忍者となって、専用装備の《形相》――モノの本来の姿を見破る力――を携え、TGXの正式リリースの一周年を記念したイベント『都市対抗バトルロイヤル』に参戦する。


 争いごとは嫌い。

 でも! 

 このイベントで、になるまで逃げ切れたら、京壱くんと一緒に現実世界に戻れる約束だった。


 絶対に勝つ!


 誓いを立てて、私はとにかく強くなった。レベルを上げないとね。力こそパワー。パワーこそ正義。


 強くなればなるほど噂にもなる。

 京壱くんの居場所も突き止めた。


 和風都市ショウザン!


 この国っぽい街並み、桜並木の下で。

 私は京壱くんと再会する。


 女二人に囲まれていたのはむかつくけど、それでも私を選んでくれるはずだ。


「京壱くん!」


 そう信じて声をかける。


「……えっと、どちら様でいらっしゃる? なんでボクの本名を知ってんの?」


 ――TGXの世界にて転生後の生活を送っている京壱くんには、私に関する記憶がなくなっていた。

 あんなに一緒だったのに。


 た、確かに、亡くなる前、数ヶ月間ぐらいの京壱くんは(まだベータテスト中だった)TGXに打ち込んでいて、私の話なんて聞いてんのか聞いてないのかわからなかったよ?


 だけども、……初対面みたいな反応をされるなんて想像もしていなかった。


 私はめげない、しょげない、泣かない。


 小さい頃に私が京壱くんにプレゼントした指輪――普通なら男性から女性に渡すものなのに、幼い私には常識ってものがなかった――は、攻撃的な禍々しくトゲトゲな形状に変容していた。まるで、私のことを拒絶しているようにも見えて、へこ……まない! 何のために私は転生したの? 京壱くんを取り返すためでしょう?


 頑張るのよユニ!

 負けないわ!

 勝って、勝って、勝って、勝ち続けるの!


「私と一緒に、現実世界に帰ろう!」


 そして、たどり着いた表彰台の上。

 私は手を差し伸べた。


 なのに。


「イヤだ!」


 京壱くんは即答する。

 コンマ一秒で。


 やがてのMMORPGだったTGXはその生涯を終えサービスを終了し、京壱くんは二度と現実世界に帰れ……なくはない! 絶対に私が、京壱くんを現実世界に連れて帰る! 帰ってきた私ができることをやらないと!



 ***



 キモチワルイ。


 ほとんどの男どもが、私の胸に集中しているのはわかっていた。ごまかそうとしても、そういった目つきに慣れてしまった身からすればもういっそのこと「見てます」って言ってくれたほうがまだ気が楽ちん。


 参宮拓三も例外ではない。

 初対面の時から、――私の研究室を初めて訪れた時から、奴は私をそういう目で見てきた。


 ほんっとは嫌な生き物だ。

 信じられるのは京壱くんだけ。


 私は京壱くんのために! 京壱くんをあのMMORPGの世界から救い出したい一心でこの道をただひたすらに突き進んできた。理解してくれる人なんていない。いなかった。一度死んで、この世界に生き返った私の話を、一から十まで受け入れてくれる人はいない。笑われたり、蔑まれたりして、イロモノ扱い。知り合いは離れていく。


 優しそうな顔をして近づいてくる人でも、瞬きすればほくそ笑んでいる姿が浮かんできてしまって、その度に私は自己嫌悪に陥った。


 奴はドーナッツを手土産に、私の話を理解したような素振りを見せる。

 理解してくれる人なんていないと、諦めていた私の前に急に差し込んできた希望の光であった。


 その光が、たとえ幻だったとしても、――今考えてみると幻だったのかもしれないけれど、このときの私は、奴を信じたのだ。


 信じたことで、私は愛しい侵略者アンゴルモアと巡り会えた。この出会いがなければ、私は未だに、出口の見えない暗闇の底をさまよっていただろう。出口は見えた。あとは手段を確立するだけだ。この手で時空転移装置を作り上げる。に再会できる日は近い。


 愛しい侵略者アンゴルモアは、ピュアピュアで、想像を絶するほどに〝恋に恋する乙女〟だった。『人類の滅亡』を掲げたからには、血も涙もない殺戮マシーンなのではないかと身構えていたのに、彼女の口から流れ出す言葉はいわゆる『惚気のろけトーク』ばかり。宇宙人と会話している感覚はゼロ。私のかつての知り合いの、彼氏ができたばかりの頃にそっくり。


 安藤もあちゃんは、とってもキュートな女の子。


 彼女が奴のどこに惚れ込んでいたのかは、はっきりとは答えてもらえなかった。訊ねると「なら、ユニは一色京壱いっしきけいいちのどこが好きなのか教えてほしいぞ」と聞き返されたので、私が百個以上羅列したら「もういい」と呆れられてしまったのを思い出す。


 あんなに可愛くて、健気に、この星での生活に適応していったのに、彼女はあっけなく死んでしまった。

 その遺体は、


 奴が悪い。行為中に、奴の首を締め上げてやればよかった。同じ苦しみを味わってほしい。でも、。私は奴とセックスなんてしたくなかった。忘れたい。この水とともに記憶が流れ落ちてしまえばいいのに。


 


 この手が、この口が、すべてが蝕まれていく。

 涙を流しながら懇願しても、聞き入れられない。


「……気持ち悪い」


 この建物は、かつてこの国で起こった大震災の後に、この大学の建築学科や国の防災対策なんたらが共同で研究して造り上げた。耐震性にも免震性にも優れ、緊急事態においても平常時と変わらぬ生活が送れるようにと、ありとあらゆる自然災害への最大の対策が施されている。なので、水道もガスも電気も、なんら不自由なく利用することが可能だ。科学技術の勝利である。


 私はお湯を流しっぱなしにしながら、身体をゴシゴシと洗っている。特に、舐めまわされしゃぶりつかれた胸部は念入りに……思い出すだけで鳥肌が立ってきた。奴の歴代の彼女たち後妻さんやらアンゴルモアやらはこの性癖をキモチワルイとは思わなかったのか。私は好きではないから寒気がするのだ。アンゴルモアは奴のことを愛しているから、何をされようとも許してしまえるのだろう。


 私は奴の母親の行き先を知っている。

 知っているどころか、いまコンタクトを取っているところだ。


 生まれたばかりの奴と奴の父親の、二人の男をこの国に置き去りにして、彼女参宮拓三の母親は香港に渡航した。そして、どういう経緯で出会ったかまでは定かではないが、かの地の資産家と再婚する。今でも存命で、夫婦仲睦まじい様子の写真がインターネットに掲載されていた。成功者の顔をしている。この国に未練はないだろう。


 奴の夕陽の色の瞳は、母親からの遺伝に違いない。


 この別離が、奴の人生そのものひいては理性さらには性的嗜好まで歪んでしまった原因なのは明らかだ。


 の欠如。

 倫理観の欠落。


 私には「可哀想可哀想。よちよち。いい子いい子でちゅねー」と受け入れられるだけの度量はない。


 それはそれ。

 これはこれ。

 ってやつ。


 何よ。でかい図体して赤ちゃんプレイなんて。正気じゃない。まともならウサギのぬいぐるみと会話しない。ほんっと、もう、ほんっと何。どれだけこすっても、この汚れが落ちる気がしない。私まで気がおかしくなりそう。


 おかしくならないように、私は奴を『京壱くん』だと思い込むことにした。そうでないと、ほんっとうに私が私を見失ってしまいそう。私は、京壱くんに人生の全てを賭けて生きてきたのに、あんな奴と初体験を済ませるなんて思ってなかった。もう戻らない。戻らないのなら、見方を変えるしかない。


 私の頭の中にアンゴルモアが現れたのは、奴が愛しい侵略者アンゴルモアを連れてきたあの日からだ。あの日、京壱くんに変身した愛しい侵略者アンゴルモアとキスした時に、私に侵入してきた。


 アンゴルモアは私にコズミックパワーの知識を分け与えてくれたから、悪いことばかりではないけれども、今回ばかりは


 私の中から出て行ってほしい。


『我の〝器〟が完成するまでは、ユニには手伝ってもらう。我はその時空転移装置が完成するまで協力する。そういう約束だぞ』

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