第51話 デイアフターイエスタデイ 〈表〉

 普段からこの場所に寝泊まりしているユニが、テーブルを壁に立てかけて空いたスペースに敷いた布団の上。

 俺が先に目を覚まして、程なくして気を失ったように反応がなくなっていたユニが目を覚ましたので「おはよう、ユニ」と呼びかけた。


「!」


 枕で顔を隠される。くぐもった声なので聞き取りづらいが「ユニって呼ぶな」と拗ねられたような気がした。何?

 自分から「ユニって呼んで」とねだってきたくせに、朝になったらこの態度ですよ。あー、やだやだ。もうこういう仲になったんだから、〝教授〟とかいうご大層な役職付きで呼ぶのもかったるいんだけど。


 ずっと夜のままでよかったのに。過ぎてしまえばあっという間だ。俺とユニと二人きりで、他に人の気配はしない。静かだ。最中に乱入してくるような輩は、――まあ、この時間でもいないだろう。と、俺は右手をユニの秘部に伸ばそうとして、手首を掴まれた。


「やめて」


 あ、そう。


「あの、爪立てられると痛いんですが」


 俺が抗議すると、ユニはむすっとした表情をしつつ手を離してくれた。右手首を見やると痕が残っている。じきに消えるだろうけどさ。


 そういう気分じゃあないってのは十分伝わったよ。


「なんでまた、息子ぐらいの年齢の子と……私ったらなんて……」


 年齢、そんなに離れてたの?


 顔は真っ赤というよりは青ざめている。ショックを受けてんの見ると萎えてくるな。俺じゃダメか。そうですか。ははは。


 いや。――ああ、あれか。思い出した。あいつだな。ユニ的には京壱くんを『Transport Gaming Xanadu』から連れ戻してから処女を捧げるおつもりでした?


 この〝教授〟っていう座に就くまでに上の方々に気に入られたり大したことはやってねェくせに偉そうなじじいと寝たりしてきたもんだと勝手に想像していた。胸の大きさと社会的地位に相関性はないって話ね。だけど、案外――と、口に出したらキレられそうだから言えねェな――貞操観念はしっかりしてるっていうか、しっかりしすぎてるっていうか。ガードが固すぎる。かえって不健全じゃない?


「実は私の息子……?」

「なわけないでしょう」


 処女懐胎かな?


「似てないもんね。仮に息子だったとしても、君は近親相姦かなんて気にしないかそうだったそうだった。嫌な事件だったねーうんうん」


 早口で捲し立てられて、トドメに「中には出してないよね」と顔を近づけて確認された。


「してません」


 出る前に抜いたからセーフ。……たぶん。


「本当に?」

「……なんで疑うんですか」

「前科を知っているから」


 一度目後妻さんの件二度目安藤もあの件ときて、三度目はない。

 ありえない。俺もそこまで考えなしじゃあないってば。それに、ユニの場合、高齢出さ――言わないでおこう。


「次から録画でもしておけばいいんじゃないですか?」


 パッと浮かんできたわりには悪くない提案だと思ったのに、ユニは「ばかっ!」と枕を俺の顔面に振り落としてくる。ボフッと。痛くはないけど。硬めの枕だったら死んでた。


「……実は京壱けいいちくんの生まれ変わりだったり、逆転生先だったりしない?」


 この流れで、斜め上の発想をしてきやがった。


 表情は真剣そのものだ。

 冗談で言っているのではない。


 俺は一色京壱が飛び降りて死んだっていうニュースと写真を見たことがある程度で、親戚などではないしもちろん生まれ変わりでもない。計算合わなくない?


 一色京壱は、意識的に調べなければ一生知らないままで生きていたであろう人物だ。

 それだけ関わりが薄いってのに。


「思い出して! 京壱くんだった頃のことを!」


 ユニは鬼気迫る表情で俺の両肩をがっしりと掴んで、前後に揺らしてくる。思い出しても何もそんな記憶は脳のどこにもない。揺らしたら出てくんのそういうのって。詳しくないからわかんねェな。あんまり揺らされると気持ち悪いんですけど。吐きそうになっちゃう。今吐いても水ぐらいしか出てこないな。


「京壱くんって呼んでいい?」


 うーん、おばあちゃんボケちゃったかなー?


「俺の名前は拓三たくみなんですが」

「なら、京壱くんに喋り方とか口調とか寄せられない?」


 なら、ってなんだよ『なら』って。


「会ったことも話したこともない人なんで、難しいですね」

「それもそう」


 両肩から手を離してくれた。

 ご理解いただけただろうか。


「じゃあ、私は君のことを京壱くんだと思って接するから」

「はあ、そうですか」

「でないと、過去の私が納得してくれないからねん」


 ふーん?


 俺としても『実は京壱くんである』っていうでそばに置いておいてもらえるなら、まあ、いいか。ものは考えようだ。そういうことにしておけば、ユニと呼んでも許される上に何度でもセックスさせてくれるんなら、外の現状を鑑みてもこの上ない楽園じゃあないか。甘んじて受け入れよう。


「じゃ、シャワー浴びてくるね」


 決定事項らしい。俺の答えを待たずして布団から出て行き、下着を身につけるとその上に白衣を羽織った。それから本棚の引き出しからティーシャツとジャージと、あとタオルを取り出す。

 この建物、シャワールームあるんだ。この状況下で断水してないのかな。設備としては生きてるだろうけどさ。


 夜の間はラジオ切ってたから、今、外はどうなってんのかわからない。

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