第49話 不都合な現実 〈前編〉


 前兆なくトウキョーを襲った直下型地震により、交通網は完全に麻痺まひしてしまった。


 政府は対応を急いでいるものの、その大本営たるカスミガセキが受けているダメージが尋常ではなくて、にっちもさっちもいかなくなってしまっている。というのが現状だ。


 まずは取り急ぎの判断を各市町村および行政区の首長に任せた。次にその震災がもたらした被害の全容を把握して必要なところに必要な物資が行き渡るように指示しなくてはならない。


「〝タクミ〟は人類を滅亡させようとしていたわけだけど、こうやって目に見える形で実行に移してくれるとはね。私としては、安藤もあが諦めてくれたからハッピーラッキー大勝利って思ってたのに」

「俺がこの地震を起こした、みたいな言い方しますね」


 俺にそんな力はない。


 弐瓶教授のおっしゃる通り、人類の滅亡を願ってはいたが、地面を揺らすほどの不思議な力はない。可能性があるとすれば、それはアンゴルモアの〝コズミックパワー〟によるものだろうけど。だが、彼女は――彼女は、安藤もあとして。


 天井からぶら下がった姿を思い出す。

 吐き気が込み上げてきたのを、水を飲んで落ち着かせた。


「地震が起きる直前、君のおばあさまから私に電話があったのよ。『もあちゃんが死んだ』ってね。私と彼女安藤もあとが仲良くしていたのを知っているから、真っ先に教えてくれたのよね」


 祖母から弐瓶教授へと俺の口から伝えるより早く、安藤もあの死は伝えられていたようだ。


「揺れが始まったのは電話の最中。もちろんこっちも揺れたけど、ウエノのほうほどではないわ。この建物が建てられたのも五年前とかだし、耐震だか免震だか」

「祖母は」


 ひいちゃんのウサギさんに従ってこの研究室に直行してしまったが、当初は、寄り道にはなるが祖母の安否を確認しようとしていたのだった。俺が訊ねると「君は揺れがあったとき、どこにいたの?」と聞き返される。


「シノバズ池にいました」

「あっ、そう。その荷物を持って、先に避難してたってわけね」


 ドラムバッグをあごで指してくるので「違います」と否定した。なんでだよ。本当に俺が地震を起こしたみたいに思ってんの?


「揺れが収まってから、私は研究室のみんなに『家に帰る』よう指示したのに、だーれも帰ろうとしなかったの」


 ウケる。

 やっぱり弐瓶教授を守ろうとしてんじゃん。いてもなんもできない集団なのにさ。無駄に酸素が薄くなるだけ。


「だから、。なーんも悪くない君のおばあさまの身の安全を確保し、君の代わりにおばあさまを守る役目もね。なので、心配ご無用だよーん」


 遺体を、回収?


 予想していなかったセリフが弐瓶教授の口から飛び出した。あの祖母を助けてくれるのはありがたいが、……知らない男どもがあの家に上がり込んでいく様子を想像する。あの家は、たぶん、揺れでは潰れていないだろう。


「君は一から十まで誰かに聞かないとわからないの? そこまでお馬鹿さんじゃないでしょ?」


 声のトーンが変わる。

 冷たい視線が俺に注がれて、自然と背筋が伸びた。


「君のおばあさまは君と違ってだから、なんとかして、存在しない安藤もあのに連絡を取ろうとしちゃうでしょ。娘が居候先の恋人宅で自殺しました、だなんてにお伝えするのは難易度激ムズだけど、は伝えないとまずいわけですよ」


 安藤もあが吐き続けていた嘘がバレる。……まあ、祖母には俺から『安藤もあは宇宙人』だって話したけど。祖母から弐瓶教授に確認しなかったんかな。それだけ、俺の言葉が信用されてないってことかね。


「だから遺体は回収する。まだ調べたいこともあるしね」


 弐瓶教授はパソコンのモニターを俺が見えるように回転させた。その画面を見る。ネットニュースだ。記事は英語で書かれていて、真ん中には写真がデカデカと貼り付けられている。


「こっちがグラグラしていた頃、外国ではドッカンドッカンと星が降ってきていた。しかも、を狙い撃ちして」


 は?


「星?」

「隕石だよ隕石。これが安藤もあの――いや、宇宙の果てからの侵略者アンゴルモアと無関係なのかって話よ」

「落ちてきたのは、彼女が死んでからじゃあないですか」


 俺が口を挟むと、弐瓶教授は「」と切り返してきた。


「これは生前の彼女から私が聞いた話なんだけどさ。アンゴルモアの故郷には例の予言の通り『恐怖の大王』がいて、各惑星の担当が死んだらその『恐怖の大王』が手を下すんだって。――もしかしなくても、人類の代表である〝タクミ〟は聞いてなかったのかにゃ?」


 煽ってくる。


 アンゴルモアの故郷の星がどうのこうのという話は、安藤もあの作り話だ。……作り話だったはず。だんだん、安藤もあが俺に語っていた内容を全部うのみにしていいのかわからなくなってきた。どうなんだろう。最悪の幕切れではあったものの、俺は安藤もあのことは信用していたんだよ。もう亡くなってしまったから、本当のところはどうだったのか、本人には聞けない。疑っているわけじゃなくて。その、人によって話している内容が違いすぎる。俺に対してと、弐瓶教授に対してと、祖母に対してと。どれが真実でどれが虚実なのかが、てんでわからない。


 俺は安藤もあが、俺に話してくれた内容こそが正解だと信じている。

 もちろん。

 信じていたい。


「私は君に『くれぐれも機嫌を損ねないように』って頼んだけど、ポカンっと忘れちったのかな?」

「ってことは、弐瓶教授は、安藤もあを死に追いやったから地震が起きて隕石も落ちてきた。っておっしゃるんですか」


 言葉で答える代わりに、弐瓶教授は大きく頷いてみせた。

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