第48話 ラザロ・ギミック
「遅い!」
小脇にウサギさんを抱えた状態で弐瓶教授のお部屋の扉を開けたら、まずは怒られた。あっ、そう。俺が扉を閉めようとすると「ちょ、ちょっと!」と焦られてしまったので、今度は注意深くゆっくりと開けてみる。
「もう、最近の若いもんってば『怒られてるな』って思うとすーぐ拗ねるよね。こちとら首をぐんぐん伸ばしてながーくして待ってんのに」
お部屋の中のどこに隠されていたのか、非常用の食品や水やらがあちこちに積まれていた。
用意周到というか。弐瓶教授一人の分と考えると、ざっと見た感じ、一ヶ月は外出せずにこの中に閉じこもっていられるだろう。普通はこんなものなのか。大災害が起きてしまうのを、予測していたかのような備蓄量だ。
「電車が乗れるような状況じゃなくて」
ラジオがBGMのようにつけっぱなしにされている。
携帯端末は先ほどから通話もメッセージのやりとりもできないが、パソコンでの通信はできているらしい。
「知ってる。タクシーは?」
「……電車がダメなら誰でもタクシーに乗ろうとするから、大変なことになってましたよ」
「あららららら。じゃ、ウエノからここまで歩きで?」
「はい。そうですよ」
扉で隔てられた外のスペースにこれまではパソコン一台につき付属品のようにくっついていた弐瓶教授のファンの方々は、この事態とあって誰もいない。そうだよな。護衛のあいつらにも家族がいるんだよ。いくらモブとはいえ。どれだけ姫を大事に想っていても、家に帰ってしまうんだな。それが、人間として正しい行動なんだろうよ。姫を我がものにはできないわけだから。まあ、姫が帰らせた可能性はあるか。
毎度の如く浴びせられていた攻撃的な視線は、なければないでそれはそれで寂しいものだと気付いた。これは気付かなくてもよかったな。俺はここにいた奴らの顔なんて覚えてない。名前も知らない。どこに住んでるかなんてわからない。興味もない。あっちがどれだけ俺を憎もうとも、俺は気にしちゃいないからな。
「あららら。それはそれは。そこのお水、飲んでいいよん」
そこのお水、と指差された先には五年の長期保存ができる水のペットボトルが置かれている。ウサギさんに鼓舞されながらルンルンで歩いてきたが、言われてみるとのどが渇いているような気がしてきた。実感する前に水分を補給したほうがいい、とはよく言われていることだ。許可もいただいたことだし、ウサギさんを椅子に座らせてから一番手前にあったペットボトルを掴み、ふたを開けて一口飲む。
「そのぬいぐるみは?」
『ひいちゃんのウサギさんだよ』
ウサギさんが弐瓶教授の問いかけに応じたが、その声が弐瓶教授には聞こえなかったようで、彼女のチワワのような潤んだ瞳は答えを求めてこちらを映している。俺はペットボトルのふたを閉めて「ひいちゃんのウサギさんです」と答えた。
「……ひいちゃんって、どなた?」
この人は俺の過去を漁ったのではなかったっけ。
このぐらいの〝教授〟クラスになると多くの人と交流しなければならないから、一人の過去なんて覚えてらんねェか。それもそうだな。この人の中での俺の扱いなんてそんなもんか。そのわりには、真っ先に俺に電話してきたのはなんでだ。俺、なんかしましたっけ。
「
名前を挙げたら「あー、はいはい。事故で亡くなられた、後妻さんの連れ子の、五歳ちゃん?」と思い出してくれた。案外覚えてんじゃん。すげぇな。これぐらいの記憶力がないとその年齢で〝教授〟になんてなれないのかもしれないけどさ。……そういや、いくつだろう。見た目は二十代そこら、俺とそんな変わらないぐらい。だけども、一応これでも〝教授〟だしな。
「私たちはその子を蘇らせるのよね」
とんでもないことを言い出したぞこの人。
水、飲み込んどいてよかった。もし口に含んだままだったらそのまま噴き出すところだったよ。聞き間違いかな。俺の耳が、都合よく解釈しているだけ。
『ユニとおにいちゃんとで、ひいちゃんをよみがえらせる!』
ウサギさんまで。
まあ、確かに、俺は蘇らせようと思ってはいたけどさ。コズミックパワーをなんとかして。でも、それを弐瓶教授から言い出すなんて思っていなかった。
っていうか、どういう風の吹き回し?
弐瓶教授は、コズミックパワーの〝転移〟の力で『Transport Gaming Xanadu』とかいうMMORPGの世界に飛び込んで
「
世迷いごと、って何?
弐瓶教授は、俺にも見えるようにパソコンのモニターをぐるっとこちらに向けてくる。先刻の地震による被害を伝えるネットニュースの記事だ。ラジオでも繰り返し、行方不明者への呼びかけが続いていた。
「晒し首にしてやりたいぐらいだよ」
さっきまでの話はどこへやら、弐瓶教授は語気を荒げて俺を責め立てる。なんだったんだ一体。あの、蘇らせる云々の話の続きは?
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