第44話 理性のない怪物 〈下〉


「あ、」

「どきなさい!」


 俺の弁明をさえぎると、祖母は椅子に乗っかって縄を解いて安藤もあの身体を抱きかかえてゆっくりと床に下ろした。されるがままになっている様子を見て、その死が確定的であると理解する。いや、まあ、ピクリとも動かないし息してないから、普通の人間なら明らかに死んでいるんだけどさ。


 安藤もあは人間ではない。


 安藤もあという日本人っぽい名前を名乗っているだけの、宇宙の彼方から〝転移〟してきた侵略者。かの『ノストラダムスの大予言』で示されたアンゴルモアだ。コズミックパワーという無尽蔵な不思議な力を意識せずとも使用して、姿形を自由に変化させる。キスした相手の肉体のコントロールを奪い取り、肩からは触手を伸ばし、唾液からは遺伝情報を抜き取るような宇宙人だ。


 人間ではない。

 それなのに、首を吊って自らの命を絶ってしまった。


「もあちゃん……」


 祖母はこの事実を知らない。こいつが人間だと信じきっている。騙されたままだ。おそらく弐瓶教授も話してはいないだろう。この様子だと。座って、その膝に頭部を乗せて事故死した娘後妻さんのように可愛がっていた女の子の首に残された痕を撫でている。


 この場で俺が「宇宙最強の生命体と豪語していたのに、首が絞まったぐらいで死ぬわけないだろ」と暴露したところで、俺が『取り乱してわけのわからないことを喚いている』としか思ってくれないだろう。事実なのに。……言ってみよっかな。


「あのさ」

「私は、あの子の再婚は反対だったのよ」


 あの子……?

 再婚?


「あの子が『どうしても』って言って、あの男も私たちに挨拶しに来て。私は『それなら』と、了承した」


 ああ、後妻さんのことね。



 俺は。


「父親が父親なら、子も子ってこと?」


 は?

 は???????????


「どうして私から、の!?」


 あー。そう来ますか。そう。ふーん。そう言ってくるんだ。


「あいつと一緒にすんじゃねェよ」


 この俺に対して『生まれてこなければよかったのに』なァんて本気で言ってくれたあの父親とおんなじ扱いされんのはムカつく。子どもに言っていい言葉じゃあないよ。本当に。めでたく俺はこう育ったわけで。


俺は、


「あいつはさ、どっかからあんたのその大事な娘を引っ掛けてきたわけ。俺は、宇宙の果てからやってきたこのアンゴルモアに一方的に惚れられて、たまたま部屋が空いてたから同棲してたってだけ」


 祖母はポカーンと口を開けている。想像通り、あの二人安藤もあ、弐瓶教授とも宇宙がどうのみてェな話してないんだ。ウケる。ま、そうだよね。教えたところで、ごく普通のご家庭のごく普通の主婦にはわかってもらえないわな。それに、こんなに身勝手な、――自殺なんて行動ができんのは人間の証明でもあるか。


「俺は別に一緒に居たくて居たわけじゃあない。こんなところで首を吊られて迷惑なぐらいだ」


 一番楽な自殺方法が首吊りなんだっけ。成功率が高くて、コストもかからない。一色京壱や弐瓶教授は飛び降りたっぽいけど、無関係な人を巻き込んだりケガぐらいで済んで生還したりしてしまう。らしいよ。俺は死のうとしてないけどさ。


「もあちゃんが本当は人間ではないのだとしても。もあちゃんは私の本当の娘ではなくても、娘みたいに可愛くて、タクミくんのことが大好きだったのに。?」


 ん?

 聞こえなかった。


「……出て行きなさい」


 なんて?


「この家から出て行きなさい! 荷物をまとめて、もう二度と、この家に来ないで!」


 なんでさ。俺は悪くない。何も悪くないじゃあないか。追い出されるようなことは何もしていない。


「え、……え?」


 わけがわからない。俺は悪くないのに。もっと理論的に説明してほしい。俺にもわかるように、どうしたら俺を追い出すっていう話になるのかを教えてほしいよな。


 荷物をまとめる時間はくれるんだ。ひいちゃんのウサギのぬいぐるみは持っていっていいよね。元は俺が買ったものだから。棺に入れなかったのも俺の判断だから、灰にならずに今も手元にある。持っていこう。ぬいぐるみが持っていた髪の毛から、宇宙人が人間を復活させてくれるオチの映画があったような。俺はひいちゃんを蘇らせるのだから、持っていたほうがいい。



 それはおかしい。理論が飛躍している。名誉毀損じゃあないか。


 人間じゃないのはそこのアンゴルモアだ。


 俺はあの父親に育てられて、周りからも頭がいいとか賢いだとか褒め称えられるような、一介の大学院生。人間じゃないなんてことはない。どんな根拠があるってんだよ。なあ。証拠はどこにあんの。おかしい。


「もあちゃん……ごめんね……」


 祖母は安藤もあの遺体を抱きしめて、泣き出してしまった。理由は教えてくれないか。あっ、そう。そうか。みんな俺のせいにするんだ。安藤もあが死んだのは、俺のせい。そういう話なのね。




 そっか。

 人間じゃないんだ。




「はは、」


 笑いたいわけじゃあないのに。

 笑っていい場面ではないと、わかっているのに。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 まるで生理現象のように、歯止めがきかなくなって。

 この右手で口元を隠しながら、俺は哄笑していた。









【オートセーブが完了しました】



SeasonY

Phase1

〝家族愛〟end.


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