第43話 理性のない怪物 〈中〉


 こうも静かな食卓は、随分と久しぶりに感じた。


 安藤もあがこの家に住み始めてから、食事の際には「今日は桂むきができるようになったぞ!」と言いながら半分ぐらいにその身を削られた大根を押し付けられたり、かと思えば芸術的に飾り切りされたにんじんをふんふん鼻を鳴らして自慢されたり。


 料理についてでなくとも、祖母が時折ツッコミに入りつつ『本日の面白かった出来事』を語り始めたり。家事をしていない時はテレビを見たり、祖母が契約してくれた携帯端末でニュースや動画を見たりして情報を仕入れているらしい。


 中でも宇宙人と地球人が戦うような内容の映画が好きらしい。日本人的な感覚で言えば、海外製の映画で描かれている〝日本風の都市〟のような絶妙なおかしみがあるんだとさ。


 ニコニコしながら「あの戦い方はよくない」とも話していた。戦力差は圧倒的なのだから、自分なら先手を打って地球人側の軍事基地を破壊するのだとか。友好国を攻撃して増援を止めるのだとか。国の中枢部を掌握するだとか。


 祖母は一緒になって笑っていたが、これは祖母が安藤もあの正体が宇宙の果てから〝転移〟してきた侵略者だと知らないからだろう。コズミックパワーがあれば彼女の作戦は実行に移せる。絵空事ではなく、机上の空論でもない。


 コズミックパワーも無限と判明してしまったし、その気になればあっという間に地球はアンゴルモアによって制圧されてしまうだろう。


 問題は、現在の本人にその気がさらさらないことである。


 ほんっと、宇宙人、馴染みすぎじゃあないか。

 近所の人たちとも仲良くしていて、毎週末にはボランティアに参加しているそうだし。侵略者がボランティアって何。草むしりとかゴミ拾いとかしてるんだってさ。なんだそれ。ちゃんと手作業でやっているらしいよ。触手を使えばいいのに。


 俺よりも確実に最近の社会情勢や流行りに詳しく、人生は楽しいらしい。

 そりゃあ、当初の目的である『人類の滅亡』を放棄して永住の道を選んでしまうよな。


 故郷の星が本当はどんな姿なのかは知らないが、言葉の端々から想像するに、弐瓶教授へと語った内容とはさほど離れていなさそうだ。宇宙に星は何億とあれど、生命が発生した星はごくわずか。その中でも太陽系第三惑星の地球は、とりわけ住みやすいものなんだ、と。


 実は地球に来るのは二度目なのだと、出会った次の日ぐらいに語っている。俺が訊ねると、気恥ずかしそうに答えてくれた。


 一度目は例の『ノストラダムスの大予言』に示された一九九九年の七の月。


 ただし、この時は地表の大気に肉体が対応しきれずに「蒸発しそうになった」ので早々に退散したんだってさ。当時の地球人は「恐怖の大王なんて来なかったじゃんか」と憤慨したが、本人としては一瞬だけ上陸できていたっぽい。


 今回の二度目は、アンゴルモアなりに対策を練ってからの〝転移〟である。

 うまくいきすぎたんじゃあないかな。


「タクミくん」


 祖母が箸を置いて、俺に「もあちゃんを呼んできてくれない?」と命じてきた。


 食事も半分以上進んだところなのに、来る気配すらない。部屋から物音ひとつしないところを考えると、寝てしまったのかもしれない。


 が、祖母の隣の席に安藤もあの分の食事が用意されているところを見ると、祖母としても先ほどの話し合いに関しては一旦置いといて、共に食卓を囲みたいのだろう。


 ここで「俺が?」と反論しようものなら、反感を買ってしまう。……まあ、俺が行くのが筋だ。その通りだと思う。俺は茶碗と箸を置いて、席を立つ。


「おい」


 元々後妻さんの部屋で、今は安藤もあの部屋となっている一室の扉をノックする。返事がない。よっぽど熟睡しているのか、それとも、俺の声が聞こえて引っ込んでしまったか。めんどくさい。メンヘラ彼女かな。


「夕飯、食べなくていいのか?」


 今の安藤もあは一つの身体に二つの魂が入っているようなものだから、通常の人間よりもエネルギーの消費量は多いはずだ。いずれ死ぬのだとしても、せっかく用意されているのだから食べたほうがいい。祖母も心配そうにこちらに視線を向けている。催促されているようで居心地が悪い。


「この時間に寝たら、夜眠れなくなるってこの前話してたじゃんか」


 はあ。

 叩き起こすか。

 俺はドアノブに手をかけ「あのさ」と話しかけながら開ける。


 開けて、開けてしまったことを後悔した。

 こんなことになっているのなら、先に言ってほしい。 


 


 しかし、それは――


「あ」


 もう二度と、目を覚さないものである。


 さっきの「バタン」という床に倒れる音は、椅子が倒れる音で間違いなかった。でも台所からではない。この部屋からだった。は椅子に乗って、梁に縄を、地球に来てから学んだであろう結び方でしっかりと結びつけてから、その縄で首を吊って、


「なんで!?」


 おかしいおかしいおかしい!

 どうして、なんで、なんでこんなことを?


 誰がこいつを追い詰めたの?

 俺?


 俺が悪いの? ねえ。俺が悪いことになんの?

 メンヘラ彼女だと思ってたら本当に……本当に……。


「そんな、どうして、」


 聞いても答えは戻ってこない。 

 理由はわからなくとも、この身体を床に降ろしてあげないと。


 呼吸は止まっていて、脈もなくて、その瞳は何も映していない。


 コズミックパワーで伸縮自在の宇宙人がなんでまた、縊死なんてできてんの? わけがわからない。お前はアンゴルモア。宇宙の果てから〝転移〟して、この地球を滅ぼす生命体じゃあないか。なんで、こんな、あっけなく。


 俺は転がっている椅子を、おそらく、苦しくて足をバタつかせて倒してしまった椅子を起こして、上に乗ってからその縄をほど……解き方がわからない……!


 ハサミだ。ハサミを使おう。ハサミどこ。ハサミハサミハサミ。この部屋にあるアイテムの位置、ぜんっぜんわかんねぇ。もしかしなくても自分の部屋戻って取ってきた方が早いんじゃあないか?


「……なんだこれ」


 椅子から降りて、ハサミを探し始め、最初に目についたのは。

 ハサミではなくて走り書きのメモ。


『より愛されるを作ろう』


 遺言ってやつ?

 具体性に欠けすぎちゃいな


「もあちゃん!?!?!?!?」


 待っていられなかった祖母が、開け放った扉の外で絶叫した。

 俺はそのメモをポケットにねじ込む。



【オートセーブ中です】















愛されないのならば、より愛されるを作ろう。

宇宙人であることが気に触るのであれば、地球人の肉体を持とう。


子どものあなたが欲しかったものは


あなたに足りないものは、――いえ、

聡くて賢いあなたなら本当は理解している。


おかあさま。

先立つ不幸をお許しくださいごめんなさい


名もなき子。

君が今、何を考えているのか、我にはわかる。


もし、来世っていうものがあるんだとしたら、今度は悪人なんていない、平和な世界で、


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