第39話 All You HAVE TO Kill 〈2〉
「ただいま」
「座って」
ただいまに対しておかえりとは言われず、祖母は険しい表情で指示した。テーブルの上にはコーヒーカップが置かれていて、すでに安藤もあは椅子に腰掛けていたが、その隣に座るのは祖母。俺は向かいの一席に座らなければならないようだ。
なァんかわかっちゃったな。
弐瓶教授の次は祖母か。本人含めて二対一ってわけか。そういうことね。はいはいわかったわかった。女どもが結託して俺を悪者にしようとするんだ。俺は悪くない。一触即発の雰囲気だ。めんどくさい。
「はい」
おとなしく従っておこう。この場は切り抜けて、あのときの医者に連絡をつけて、中絶手術をしてもらうしかない。殺さなくてよかった。弐瓶教授に後妻さんの話を漏らしてたって気付いた時にはうわあいつまじかって思ったけど、まだ使い道があるじゃあないか。
「ねえ、タクミ」
俺が席についてからコーヒーカップに注がれていた麦茶を啜っていると、安藤もあのほうから話し始める。
「我は、この子を産みたい」
それは昨日聞いたよ。
で、さっきまでそちらお二人でどっかの病院に行ってらしたんでしょう? ……こうやって帰ってきてるんなら、特に異常もなく、母子ともに健康で云々と言われたのだろう。なんかあったらすぐ入院させるから。
「もあちゃんからは聞いたけど、直接タクミくんからは聞いてないから、――どうしたいのかを私に教えてほしい」
聞いたならいいじゃん。
ってわけにもいかないか。俺を睨んでくるってことは、安藤もあは昨日俺が言ったままそのままを祖母へ伝えてくれたに違いない。弐瓶教授がおっしゃっていた通りなら祖母もまた弐瓶教授と同じく安藤もあに子どもを産ませたい派だ。まあ、祖母は安藤もあを『世間知らずなお金持ちのところの娘が家からお金を持って飛び出してきた』ものだと勘違いしているから、まだわかる。
俺が祖母の立場だったら産んでほしいかもしれない。逆玉の輿とも言える。亡くなった娘の再婚相手の息子――すなわち、血のつながらない孫がボンボンの箱入り娘を引っ掛けて子どもを作ったんだから。まだ若いから、ひ孫を孫のように可愛がれるだけの体力もある。
ただ、それは前提が嘘だ。
安藤もあは人間ではない。何億光年か離れた先の異星人だ。この宇宙船地球号の上に、いてはいけない存在。本来ならば然るべき機関に連れ込まないといけないような宇宙からの侵略者。コズミックパワーで人間の姿に擬態しているだけの宇宙人。
どれだけ人間のふりをしても、人間にはなれない。人間のように服を着て、料理を作り、食べて、寝て、活動していてもだ。細胞のレベルで違うんだってことを知ってしまった。そんな存在との子どもを産んで育てるなんて、馬鹿げた話があるか。どんなサイエンスフィクションだよ。地球人のふりをした外来生物とのハーフを育てるなんてさ。
それに。
そうでなくとも。
仮に、もし仮に、そうでなかったとして。
安藤もあがアンゴルモアなどという存在ではなく普通の人間だったとしても。
「俺がどうしたいかって、言われても」
俺が人の親?
正気か?
まともに育てられるわけないじゃあないか。
無理。無理無理無理無理。想像もできない。考えようとするとめまいがしてくる。お茶飲もう。これまでの人生を他人に振り回されてきて、今度は血のつながった子どもに振り回されんの。あー、無理。娘だったとしても無理。息子ならなおさら無理。……なァんでコーヒーカップに麦茶なんて入れたんだろうって思ったけど、妊婦ってカフェイン摂らないほうがいいんだっけか。そういうところにさっさと気付けないほどに頭が回ってない。落ち着こう。
「育てていけるのか心配でしょうけど、私が手伝うから安心して」
「そうだぞ。おかあさまもついている」
そういう問題じゃあないんよ。
察してくれよ。
わかっている。こいつらは俺に「そうか。じゃあ産もう」って言ってほしいんだ。それ以外の答えは求められていない。わかってるさ。俺がそう答えればいいだけ。
あのとき、――後妻さんの腹に俺との子どもがいると判明したときは、再婚相手である俺の父親との関係とか元旦那との子どもであるひいちゃんの今後とか世間様からの見え方とか、さまざまな要因を踏まえて内密かつ迅速に堕ろさせることができた。今回はそうはいかない。
っていうか、この様子だと実の母親にあたる対角線上の祖母にすら話してないっぽいな。まあ、そうか。再婚相手の息子との間に子ども出来ましたなんて言えないか。うっかり周りに話されたら、せっかく築き上げた周囲の人々との信頼関係もごっそり失いそう。世の中、一般常識から逸脱した行動を取ると一瞬でコミュニティは崩壊する。
「今、何ヶ月?」
俺の問いかけに、祖母は表情を明るくして「五ヶ月だって」と答えてくれた。
ギリギリじゃん。
どうして昨日になるまで話さなかったのか。もしくは、隠していたのか。ギリギリになるのを待っていた、とも邪推したくなる。この宇宙人とその周辺人物に、そんな悪知恵が働きそうなのは――弐瓶教授とか?
俺の過去に起こった出来事を知っていて、退路を塞いだ。そして、自身の目的は果たす。女さん怖い。次会ったらぶち犯す。護衛のザコどもが大騒ぎしそうだな。流石に手出したらあいつらも動くでしょ。
あの
こんなことになるまで気付かなかった俺も悪いのか。……そうかもしれない。さっさと気付いていればいくらでも説得できたはずだ。まあ、俺が人類を裏切ろうとしている間に、侵略者のほうは地球の侵略を諦めていたっていうのが現在の状況。後悔するより、どうするかを考えよう。子どもを育てるんなら人類は滅亡させないほうがいいもんな。おもろ。笑いごとじゃあないが。
今日、この場で言わなければ手遅れになる。
この場を切り抜けて、また別の日に、とはいかない。
「俺はその子を産まないでほしい。どうしても産みたいっていうんなら、俺はここから出て行く」
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