第38話 All You HAVE TO Kill 〈1〉

愛しい侵略者アンゴルモアさんは、育てる気満々みたいよ。〝タクミ〟はこれまで通り人類代表として愛しい侵略者アンゴルモアさんを地球に繋ぎ止めてくれるならオールオッケー万々歳!」


 あの場で俺は「そう言うなら、考えてみる」と嘘をついた。


 半信半疑の眼差しを向けられたから、動物園の近くの博物館へ連れていく。銀河のその向こう側にはない知識のオンパレードに、安藤もあの瞳はエメラルドのように輝いていた。損ねていた機嫌も直ったようで、すっかりいつもの調子に戻った帰り道。敷地内のコーヒーショップで「スタバ飲みたい」と新作のフラペチーノをせがまれた。カッコつけなのかカフェインの入らない「デカフェで」と頼んでいたのを覚えている。


 あと、よいカメラを持っていて美麗な被写体もいるのにもったいないからと写真を何枚か撮った。本来なら動物園で撮るべきだったが、園内ではリスに襲われている姿しか写せていない。博物館の中ではカメラの使用は禁止されているので、建物の前のオブジェや噴水と共に撮影した。これで祖母も満足だろう。


「ほんっとあの子安藤もあが人類の滅亡を諦めてくれてハッピーラッキー超展開ってかーんじ?」


 弐瓶教授は目を細めて、ヘラヘラと笑った。

 呑気なものである。


 ここで俺が『一色京壱を連れ戻すための時空転移装置の開発研究』への協力を断ったとしても、彼女はアンゴルモアとのつながりを手に入れているので痛くもかゆくもない。


 コズミックパワーの解析を進めて〝転移〟の力を操れるようになればよいのだから、俺の存在はもはや居ても居なくてもどうでもいいのだろう。それでも彼女がこうして俺を出入りさせてくれるのは、俺を説得するようにと頼まれているのだと、入室した瞬間に教えてくれた。


あの子安藤もあは〝タクミ〟が思っている以上にあなたのことが大好きだから、くれぐれも機嫌を損ねないようにお頼み申すよーん」


 恐ろしいよな。


 宇宙人のくせに、人間らしいこと、いや、女らしいことをしてくれる。こうやって外堀から埋めていくんだ。自分がどういう存在であるかを熟知していて、俺が相談するであろう人を、先に味方につけておく。


「まさか、堕ろさせるつもりじゃないよね」

「どうして?」

「どうしてってあなた、過去に子どもを痛い目にあってるじゃない。今回は計画的でしょう?」

「ああ……そうですね……」

「同じ過ちを繰り返すのは動物以下。とっても頭が良くて、相手の気持ちが理解できる参宮くんなら、もあちゃんの本気もわかってくれるでしょ?」


 わからない。


 あの侵略者が何を考えて子どもを産んで、育てようとしてんのか、ぜんっぜんわからない。子育てを経験している祖母が近くにいるから問題ないとでも思ってんのか。本当にわからない。理解に苦しむ。まさかってなんだよ。子どもなんていらない。産まないでほしい。


 俺のことが好きだって言うのなら、俺がされて嫌なことはしないでほしい。


「俺は、産まないでほしいって思っています」


 弐瓶教授のチワワっぽい瞳が、凍りついた。普段がうるうるとしているから、普通の人よりもその反応は顕著だ。ああ、やっぱり、そうなんだ。俺が悪いんだ。俺が間違っているって言いたそうな顔をしてくれる。


「それ、本人に言った?」

「ええ」

「言ってないでしょ。嘘つくの下手?」


 直接は言っていない。

 不幸になるとは言った。


「仮に堕ろすんだとしたら、早いほうがいいわよ。仮にね」


 あのとき後妻さんのときに調べたから知っている。堕ろすのにも期限があるのだ。中期中絶は22週まで。この国の法律ではそうなっている。宇宙から来た生物が人間の姿となっているとき、その母体保護法が適用されるのかまではわからない。そんなケースまで考えて法律を制定していないだろうから。


 祖母を含めて世間の人にとって、安藤もあは人間だ。

 愛しい侵略者アンゴルモアではない。

 安藤もあという一人の人間と化している。


「私は二人の子ども、自分の孫みたいに可愛がっちゃうよ。もったいないよ」


 他人事だと思って「もったいない」と言ってくれる。


「出産したせいでアンゴルモアがコズミックパワーを使えなくなってしまったらどうしますか」


 そのコズミックパワーの一部を活用したい弐瓶教授にとっては恐れるべき仮定を、俺は提唱してみる。本人もコズミックパワーの残量を把握しているわけでもないらしいから、完全にゼロとなってしまうケースも考えておかねばならない。黄泉の国へ行った者がその国の食べ物を口にしたら戻ってこられなくなるように、なんらかのキッカケで不思議な力が失われるかもしれない。


「その心配はナッシング」


 はっきりと否定した。

 もうすでに解析が終わっているらしく、弐瓶教授はモニターの正面を俺に向けてくる。


「アンゴルモアの許可を取って、細胞を採取し、いろんな装置にかけてみた結果がこちらですドドーン」


 細胞の核の部分にカプセルのようなものがあり、このカプセルに蓄えられたエネルギーを消費してコズミックパワーを使用する。このカプセルは葉緑素――植物が二酸化炭素を吸収して酸素に置き換える――のような働きをしてくれているので、コズミックパワーが枯渇することはない。


「つまり、特別な装置が必要なわけではないと」


 宇宙エネルギーを変換してどうのこうの、という話ではなかった。普段の彼女アンゴルモアを見ていると、本人もコズミックパワーがこのような仕組みであるとは知らないだろう。植物が無意識に二酸化炭素を酸素に組み換えているように。


「私がTGXの世界を行き来するための時空転移装置を作るためには、この細胞をちょちょいっとちょいちょいしないとダメだけどねん」

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