第36話 アニマルパーク 〈中〉
「タクミ、あれは」
指差す先にはお土産売り場がある。俺が止める間もなく、ひいちゃんのうさぎのぬいぐるみと同じものを発見して「見覚えがあるぞ!」と持ち上げた。どうしてこうも悪目立ちすることをしたがるのだろう。この辺が未来の支配者たる所以か。
「ほしいの?」
俺がショルダーバッグから財布――ここに収まっている金は元はといえばアンゴルモアがコズミックパワーで手に入れた金だが、気にしてはならない――を取り出そうとすると、ぬいぐるみを元の位置に戻しつつ「いいや」と断ってきた。いらないのか。
「……タクミは子ども、好き?」
「子ども?」
ぬいぐるみからひいちゃんのことを思い出したのか、安藤もあは上目遣いに問いかけてくる。ひいちゃんのことは、大事に思っていた。俺に〝家族愛〟を純粋に向けてくれていたのは、ひいちゃんただ一人だと思う。俺の理想とする家庭環境を提供してくれたのはひいちゃんだけだ。ひいちゃんだけは生き残って欲しかった。あの父親や後妻さんはいなくてもいい。いなくなってよかった。全ての真実と共に骨になってくれたから。
義理の妹さえいてくれたなら、俺は『人類の滅亡』などという野望を抱かなかった可能性はある。理想の兄であればいいのだから。
あのときのアンゴルモアからの『新世界のアダムとイヴ』がどうのという提案を受け入れなかった。
今となってはありもしないifストーリーである。
目の前の安藤もあになんと答えようかと思案していると「いや、今はパンダだ。パンダを見に行くぞパンダを!」と向こうから切り替えてきた。アンゴルモアは檻の中の珍獣よりも断然希少な宇宙人だから、そんな宇宙人が人の手によって育てられている動物たちを見て回るなんてふざけている。っていうか、さっき触手で大暴れしてくださったのだから、ここを立ち去らねばならないのだった。思い出に浸っている場合ではない。
「いた!」
ほら。
なんか来た。
わかりやすく警備員の制服を着てくれているおっさんだ。口元によだれのあとが見える。監視カメラを見ながらうとうとしていたらリスゾーンで触手を扱う女性が現れたもんだから飛び起きた、って寸法だろう。勤務時間中に仕事ができてよかったなァ?
「逃げるぞ」
「パンダ」
「あれはパンダじゃねェよ」
「パンダ見たい」
しつこいな。
そんなに見に行きたいなら「日と時間を改めてまた来ればいいんじゃあないかな」と言っておこう。捕まったらめんどくさいから逃げたい。このおっさんにコズミックパワーについて話すんか?
わかってもらえるんかな。
「二人で見られるのは、今日ぐらいだぞ」
安藤もあは二人を強調してくる。
俺は来たければ明日また来ても、と言いかけて、明日は弐瓶教授との約束があるのを思い出してやめた。
明日でなくても明後日でもいい。
「こら! そこの!」
空気を読めねェおっさんがずんずん近づいてくる。
侵略者は俺の腰に手を回すと「わかった。パンダは諦めるから、場所を変えよう。目をつぶって」と耳打ちしてきた。
「ああ」
俺が答えて目をつぶると、身体に数秒間の浮遊感があって、次に目を開けたらシノバズ池に立っていた。
この星の上で、アンゴルモアと初めて遭遇した場所だ。
しっかし、まあ、久しぶりに来た。
土日は家族連れやアベックの姿があるこの池のほとりも、平日昼間とあって、軽く池の周りをウォーキングしている老夫婦ぐらいしかいない。コズミックパワーの〝転移〟により急に現れた俺たちには気付いていないようだ。気付いていたら動物園の二の舞になりかねないので、不幸中の幸いとでも言おう。
弐瓶教授の研究室は、違うキャンパスにある。俺の所属は正確にはこちらの近所だが、「弐瓶教授んとこに移籍する?」と持ちかけられるほどには行っていない。俺はその教授の提案で流されるままに院試を受けたら合格してしまって、さほど興味がないのにその研究室に所属となってしまった――という経緯を鑑みると、すっかり
あ、でも、あの『姫の護衛隊』みたいなのの仲間みたいに思われんのやだ。
こっちを睨むばっかりでなァんもしてこねえ男どもと同列に扱われるんっしょ?
「あれに乗りたい」
安藤もあはスワンボートをあごで指した。乗るのは構わないが、カップルで乗るとそのカップルが別れるだとかいうジンクスがあった気がする。ここで言うべきか逡巡して、宇宙人は何の気兼ねなくコズミックパワーを行使するのだから人間の迷信は通用しないと踏んだ。
「いいよ」
これもまた二人の思い出の一つとして体験しておきたいんだろうな。
意外ときついんだよなこれ。ひいちゃんも乗りたいって言うから乗ったけど、あっちは五歳児だから足が届かなくて俺ばかりが漕ぐ羽目にあった。しかも時間以内に船着場に戻らないといけない。
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