第35話 アニマルパーク 〈上〉
「うわあああああああ!」
侵略者は大量のリスに囲まれて、歓声ではなく悲鳴をあげている。最初の二匹までは「かわいいかわいい」と喜んでいたが、小動物も大量にやってくればちょっとした恐怖だ。っていうか、地球上の全生命を脅かす予定の宇宙人が数多のリスに襲われて悲鳴をあげているのはどうなんだ。
「何も持っていないぞ!」
リスたちは上着のポケットに入り込んだり、胸元に飛び込んで裾から出てきたりと好き放題している。その小さい脳みそで冷酷無比なアンゴルモアがエサを隠し持っていると考えてしまっているようだ。見ているぶんには面白いので写真を撮っておこう。祖母に見せたら喜ぶだろうから。
「タクミ! 見てないで早く助けんか! 我も本気を出すぞ!」
「リス相手に?」
しつこく絡んでいるリスたちは、ひょっとすると動物の本能的なもので安藤もあを襲っているのかもしれない。そう考えてもやはり面白い。人間よりも先に、宇宙船地球号の脅威を取り除かんとする小動物。
「ぐぬぅ」
――今日は、安藤もあの提案によりウエノ動物園に来ている。
近場の行楽地として、ひいちゃんともよく遊びに来たのを思い出した。
俺が何度も弐瓶教授に会いにいくのが気に食わなかったらしい。気に食わないと言われましても。俺としては『人類の滅亡』という大願を成就するための行動なので理不尽じゃあないだろうか。
家を出る前に「今日は二人の思い出を作りに行くのだぞ」と念を押された。つまりは〝デート〟らしい。弐瓶教授と連絡を取り合わないようにと携帯端末を取りあげられて、代わりに祖父の趣味のひとつであるカメラを渡された。かなり高価な機種のはずなので丁重に扱わねばなるまい。
「カメラを壊されたら困るからな」
「ぐぬぬ!」
まあ、頑張ってくれよ。
と遠巻きに見ていたら、その背中から触手を左右から三本ずつ合計六本ほど伸ばして身体に張り付いているリスを丁寧に剥ぎ取っていく。
「おい!」
触手としか言いようがない。
クラゲの本体からぶら下がっているあの触手のような、透明に近い白の触手。
「なんだ?」
なんだじゃない。こっちが聞きたい。なんだそれは。初めて見たぞ。
「普通の人間は触手なんて使わないから、それをしまいなさい!」
平日の開園直後だから客は少ないが、動物園スタッフが目を丸くしている。まずい。こいつが珍獣として檻に入れられてしまう。俺はカメラをショルダーバッグにしまうと、安藤もあに駆け寄ってリスを払い落とした。
「最初からそうしてくれれば」
シュルシュルと触手が戻っていく。
肩甲骨の部分に格納されているようだ。
「行くぞ」
リスゾーンは終わりだ。リスゾーンどころか動物園から去ったほうがいいかもしれない。むすっとした表情の侵略者の左手首を掴んで、俺たちは足早に移動する。さっきのスタッフが警察を呼んでいないことを祈ろう。夢か幻か見間違いだと思っていてほしい。お願いします。普通の人間が背中から触手を生やすわけなかろう。
「パンダを見たい」
祖母とニュース番組を見て『ウエノ動物園はパンダで有名』だと知ったらしく、到着してからもしばらく「パンダ、パンダ」と唱えていた。そんなに珍しいのか。元の星に動物はいなかったのかと問えば「あんな白黒の生き物はいない」と答えられた。
それでも先にリスゾーンへ行ってしまったのは「なんだあの小動物は!」と本人が自ら吸い寄せられていった結果だ。俺は悪くない。パンダからリスに乗り換えた結果がこのざまだ。まっすぐパンダの元に向かっていればこんなことにはならなかった。
「さっきの触手は何」
周りに人がいないことを確認してから、俺は訊ねる。追いかけてきているスタッフもいないようだ。もしくは防犯カメラに映っている可能性はあるか。やはり動物園からは去ったほうがいい。
「コズミックパワーのひとつだぞ」
ふんふん! と鼻を鳴らす宇宙人。触手もあるんだ……。まあ、あれか、火星人とか、タコっぽい姿で描かれるもんな。宇宙人なら当然の装備なのかもしれない。そう納得しておこう。
「異星間転移と、唾液による生体情報回収と、形態変化と、その触手と、――コズミックパワーは他に何ができる?」
俺の知らない不思議な力は、まだ眠っていそうだ。この際だから全部明らかにしておきたい。いちいち驚いてもいられないからな。
そりゃあ、アンゴルモアからすると呼吸のようなものだから、逐次説明するのも馬鹿らしいだろう。だが、俺たちの目的から考えれば、アンゴルモアの戦力を把握しておくのは遅すぎるぐらいだ。
「寄生」
と、端的に答えて、宇宙人はその左手で糸を摘み上げるような動きを見せた。すると、俺の左手がその糸に引っ張られるように持ち上がる。
「?」
意識的に動かそうとしてもうまくいかない。外見上は変化がないのに、意志に反して挙手させられた。
アンゴルモアは「キスした相手に寄生して自在に操ることができるが、これを用いなくとも、すでにタクミの心は我が手中にあるぞ」と笑ってみせる。
それはどうだろうか。
「で、終わり?」
俺が催促すると「十分ではないか?」と遠い星からやってきた侵略者は眉をひそめる。左手も自由になった。
この力をフルに使用するためにも、弐瓶教授とその仲間たちの力が肝要となってくるわけだ。ゲームじゃあるまいし、コズミックパワーの使用限度が数値でわかるわけではないぶん、なおさら彼女たちには働いてもらわなければならない。
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