第33話 カーネーションの花束を 〈前編〉
三度目の来訪も、野郎どもの視線がちくちくと刺さった。害はないとはいえ、いい加減こいつらも慣れてほしい。それか、場所変えてもらえねェかな。会う場所。金は払うから。ホテルとかどう?
「あなたたちに協力はしますけど、コズミックパワーを解析してTGXの世界に転移して京壱くんを連れ戻すためです」
弐瓶教授は自身の目的を俺に告げると「人類の滅亡には加担しませんし、どちらかといえば人類の側に立ってあなたたちを阻止します。いざとなったらグサッと行きますよ。それはもう一思いにザクっと」と付け加えた。
改まった態度で話しているが、先日のあの後の出来事を思い返せば虚勢もいいところだ。本当は今日もアンゴルモアを連れてくる予定だったのに、当の本人は家を出る直前になって『おなかが痛くなってきたからやめておくぞ』と自室に引き返してしまった。世界を滅ぼさんとしている宇宙人が二度目の面会を本能的に拒否してしまうほどに、激しい抱擁と接吻を繰り広げてくれた。
専門外の知識になるので詳しい方にご教授願いたいのだが、女性が女性の怪人が変身した男性と組んず解れつしていた場合は百合に該当するんかな?
「聞いてる?」
「今日もどーなっちゅを持ってきました」
「わーい! やったぁー! ……ではないです。ごまかさないでよ」
扉の外側にいる奴らに教えて回りたい。
駅ビルで砂糖たっぷりの激甘ドーナツを買って貢ぐところっと靡いてくれることを。
さすれば、この事務机の上にドーナツの箱がさながらジェンガのごとく積み上げられるだろう。
「できるんですか?」
情報工学の教授であるこの人が宇宙由来の力である〝コズミックパワー〟を取り扱えるのかがひとつ。もうひとつは、このチワワみたいな小柄の女性が巨漢の俺と科学では証明し難い不思議なパワーを使いこなすアンゴルモアを本気で殺しにかかれるのか。実は武術の心得があるならともかくとして。
「こう見えてちょっと前まで忍者をやっていたので」
ニンニン、とポーズを取る弐瓶教授。
超真面目な表情をしている。
「はあ」
武術ではなく忍術だったか。
そのおっぱいで忍びは無理……いや、ありかもしれない……?
むしろあり。ありあり。忍者コスプレ。
「何よ。信じてなさそうな顔しちゃって。手裏剣とかクナイとか使っちゃうわよ」
「クノイチなんですね。知りませんでした」
手裏剣もクナイも実物を本気で投げつけられたら痛いだろうから御免被りたい。
「コズミックパワーに関しては、私の知り合いをあたってみる。表立って研究している人がいないだけで、実は裏でコソコソやっている人もいるかもしれないわ。そういう人にとってはアンゴルモアの存在は朗報よね。ホンモノの宇宙人なわけだから」
しれっと話題を戻してきた。早速連絡が来たのか、パソコンの画面に視線をずらし、マウスで何らかをクリックしてからキーボードで何やら打ち込んでいる。肩書きは『情報工学』の教授というだけあってタイピングが素早い。
「それで、〝タクミ〟は本当に人類を滅ぼしたいのかな?」
まだ入力は続いているようだが、俺に話を振ってきた。この前もこのような話をした気がする。それっぽいことを言ってやればこの人が納得してくれるんならいくらでもベラベラと喋ってやろう。俺はただ、他人の意思ではなく自分で決めたこの道を進みたいだけだ。地球上の全生命を滅ぼして、ようやく俺は他人から解放されて、自分の人生が始まる。
「人類を滅ぼしたくなるほどに人間が嫌いになりそうな出来事っていうと、あなたの場合、劣悪な家庭環境のせいでしょうけれど。触れられたくない話題という認識でいいのかな」
「何もなかったですよ」
間髪入れずに答えてしまった。間を開けると、相手に対して心を閉ざしてしまったような印象を与えてしまう。かといって今のようにすぐさま返してしまうのも、怪しまれる。こういう人間には、……勝手に探らせておけばいい。お節介な人間はたまに現れて、俺を〝可哀想なやつ〟と決めつけてくる。そう思いたいんなら、そう思ってくれればいいさ。人の過去に踏み込んできて、必要以上に同情してくれる。そう見えるんなら、俺もトラウマを抱えて生きているように振る舞っておこう。
「何も?」
「ええ」
やましいことなんて、何ひとつとしてなかった。
過ぎ去った日々の暗い思い出なんて、忘れてしまえばいい。あの事故にひいちゃんが巻き込まれたのは許せないけれど、逆に言えばそれぐらいだ。綺麗な記憶だけを思い出したい。俺が欲しいものは無償の愛だけど、あの家族からは手に入らなかった。俺自身の人生は周りの言葉でかたどられて、俺自身には何もないのだ。だから、これからは自分らしく生きていく。
「後妻さんとの間の子どもについても、何も?」
あー……よく調べましたね……。
今、俺、舌打ちしなかったよな。無意識にしてたらどうしましょう。治さないと。
あいつか。産院のあいつだな。赤の他人から聞かれて答える医者もどうかと思う。秘密裏になんとかできねェかな。侵略者さんに頼んで闇討ちしてもらおう。どうせ人類は滅亡させるのだから、順番が早いか遅いかのお話。
そういや、アンゴルモアも俺と後妻さんとの関係を疑ってたな。俺がはぐらかしたらそれ以上突っ込んでこなかったけどさ。コズミックパワーの唾液調査でなんか見えたのかもしらん。不思議な力が人体にどのような影響を及ぼすのかも含めて、やっぱりこの人とこの人の人脈から生み出される研究者たちの協力は必要だと思う。俺にはさっぱりわからない。本人に聞いても「呼吸のようなもの」だって言うしさ。宇宙人様はスケールが違う。
みんな死んじゃったから、俺ん中ではどうでもいいんだよな。それ。何もなかったってことにしといてよ。そういうことにしといてあるんだから。俺はさァ、そうだったことにしたいんだよ。後妻さんは後妻さんで、そうでしかなかったってことにしたい。みんな死んでるんだから、生き残った俺が後からなんとでも言えるしさ。後妻さんは俺に対してとっっっっっっっっっっっっっっっても優しくていい人だったなァ。年齢が近くても書類上の息子たる俺に対してね。気を遣ってくれてたよ。
とはいえ、だ。
「教授にはわからないでしょうけど、俺は
苦しんでいるそぶりを見せればいい。
それっぽく演じればいい。
生き残った俺だけが、真実を知っていて、
「どうしてみんな、俺が悪いって言うんですか?」
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