第32話 バック・トゥ・ザ・フューリー 〈PART3〉


 姫を大泣きさせた大罪人という大変不名誉な称号を得た俺は、今度は工学部に彼女を連れ込む大悪党となった。


 お前らに用はないからどっかに散っててくれよ。研究室まで来て何してんのこいつら。パソコンのキーボードをカタカタ叩いているだけじゃあないか。家でもできる。どうせ弐瓶教授は自室にこもっているのだから、彼女のお顔を見られるわけでもなし。

 直接音として聞こえてくるわけではないが「リア充爆発しろ」の怨嗟がこの空間に充満している。俺がひと睨みすると、姫の護衛の者どもはこの俺に噛みついてくる……ほどの度胸はないらしく、視線を外された。


 まあ、俺を見て喧嘩を売ってくるやつなんて一握りしかいない。身長があってよかった。これで小柄だったらナメられていただろう。


「ほほう。いいところだな」


 初めてくる場所に警戒しているのか、構内に入ってからずっと俺の左腕にしがみついていた安藤もあ――宇宙の果てからやってきた恐るべき侵略者は、彼らの顔を一望して意外にも高評価をつけた。今は俺から離れて、腕を組んで仁王立ちしている。ちょっと前までは肩やら谷間やらの露出が多くてタイトで身体のラインがくっきりと現れる服をよく着ていたが、ここ最近はゆったりとしたワンピースが好みらしい。今日は長い丈の黄緑色のシフォンワンピースだ。


「高性能な電子機器が一人一台貸与されている。素晴らしいことだぞ」

「そっちか」


 その高性能な電子機器を操作している人間の側には一切興味がないらしく、宇宙人は「他にあるのか?」と逆に訊ねてきた。俺以外の男に乗り移られたら元も子もないので、是非ともその〝一目惚れ〟を貫いていてほしい。


「して、弐瓶教授は」


 安藤もあにはこの場所へ向かいながら、携帯端末でご本人の写真を見せつつ、弐瓶教授について『小柄でチワワみたいな情報工学の教授』と簡単に説明したのだが、説明の最中で「タクミはこの女性のことが好きなのか?」と不思議な質問を投げかけてきた。難しい。外見的な好みの話なのか、彼女から見たら恋敵であり俺が付き合いたいあわよくば抱きしめたい存在なのか、あるいはそのほかに意図があるのか。ヤレるならヤりたい。


 わかりかねるので、率直に「教授クラスの人が俺たちの味方についてくれたほうが、コズミックパワーの充填にしろ『人類の滅亡』のその後を考えた時に知恵を出してくれるだろうから」と答えた。納得したように「ほほん」と頷いていたので、うまくコミュニケーションが取れたようである。


「こっちだ」


 俺は安藤もあの手を引いて、逆の手で弐瓶教授の居城の扉を叩いた。こちらが名乗るより先に、向こう側から「いいよー」と声が聞こえてくる。約束の時間には少しばかり早いが、あちらも歓迎してくれているとみていいだろうか。


「失礼します」

「します」


 扉を開ける。俺に倣って軽く頭を下げる侵略者。もしくは祖母が教えてくれたのかもしれない。


「この子が例の、アンゴルモアさん?」


 俺が後ろ手で扉を閉めたタイミングで、弐瓶教授は興味津々といった様子で話しかけてきた。本日も相変わらず瞳がうるうるしている。


 アンゴルモアは「はい。我がタクミの彼女のアンゴルモアで、普段は安藤もあとして生活しております」と驚くほど流暢な敬語で話した。俺は弐瓶教授に『不遜な態度を取るかもしれない』と前もって伝えておいたというのに。三ヶ月前なら考えられなかった。これもまた祖母が教育したのかもしれない。


「人類を滅亡させにきたって本当?」

「我々の住む星は化石燃料が枯渇しており、早急に次なる安住の地を探さねばならなくなりました。我はこの宇宙船地球号を担当する運びとなり、タクミと出会って、タクミと共に人類を滅亡させようと存じます」


 なぜ人類を滅亡させねばならないのか。その理由を俺には「二人きりの楽園を作りたいから」と答えていたが、おそらくこちらが本来の理由なのかと思い、侵略者の横顔をチラリとみる。


 口からでまかせを言っているように思えた。普段聞き慣れない敬語も、それっぽい言葉を羅列しているだけだ。フィクションの侵略者たちがどういった理由でこの地球を滅ぼさんとしていたのかを学んで、自らもまたそれっぽく振る舞うようにしている。――そんな印象を受けた。


「人類の代表として選ばれた、〝タクミ〟はどうお考えで?」

「俺は、賛成です」

「やっぱり人間が嫌いだから?」


 やっぱり?


「私もやられっぱなしは嫌だから、調べさせてもらったのよね。参宮拓三の過去ってやつを」


 へえ。


「俺は教授ほど有名じゃあないんで調べんの大変だったでしょう? っていうか忙しいってのにご苦労さまですね」

「ご謙遜をー」


 俺は俺自身の人生を、俺の意志で決めたくて、アンゴルモアと共に人類を滅亡させる道を選んだ。

 そこにあえて、明確なる動機を補うのであれば、それは後付けの理由でしかない。


 普通の人間が狂人の行動を理解するためにこじつけた動機ってやつに、価値なんざねェよ。


「何から話してほしい? それとも、愛しい侵略者アンゴルモアさんには知られたくない?」

「今ここで話す必要性はないと思われます。聞きたい時に、我がタクミから直接聞きますゆえ」


 安藤もあは口を挟んできて、その相貌を〝一色京壱〟のものに変えてみせた。


「我は――ボクは、この姿を」


 この人に見せるために、俺はアンゴルモアをこの場所まで連れてきたのだ。


 すると、文字通り弐瓶教授の瞳の色が変わり「京壱くん!」とこれまでの話の流れをぶった切って一色京壱の姿のアンゴルモアに抱きついた。俺の過去なんかほじくり返して暴露したところで、じゃあ何が変わんのかって何も変わらねェしな。何も解決していないけれどこれでいい。この人はこいつに会いたかったんだから、会わせてやるのが今回の目的なんだってば。


 まあ、一色京壱自身はもうこの世にいないから亡くなった当時の写真しか見つかんなかったせいで、推定アラフォーのお姉さんが男子高校生にくっついている完全にアウトな惨状が生まれているんだけど、どうすりゃいいの俺は。

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