第31話 バック・トゥ・ザ・フューリー 〈PART2〉


 自分も宇宙人の行動力を見習おうと思って数日。

 ようやく今、弐瓶教授の研究室の扉を叩くことができた。


 人類の滅亡もコズミックパワーがあればなんとでもなりそうではあるが、そのコズミックパワーも補充しなければ使えば使っただけ減っていくものらしい。例えるなら、ゲームのマジックポイントのようなものだろうか。

 宇宙のエネルギーを回収しコズミックパワーに変換するための装置を作らねばならない。らしい。


 らしいというのは、俺自身がその力を行使するわけではないので、まあ、侵略者の言葉を自分なりに解釈するほかないからだ。必要だというのなら、宇宙人が必要としているものを用意してやろう。


 その足がかりとして、俺自身が権力を手に入れなければならない。切り崩せそうなところから切り崩し、一時的にも仲間を増やそう。ことを成し遂げてから順番に打ち捨てていけばいい。最終的に残るのは俺とアンゴルモアとの二人なのだから。


「どなたですかー」


 扉を隔てた向こう側から、女性の低めの声が聞こえてくる。俺が「お約束していた、参宮です」と答えると「どーぞー」と音程を変えずに返してきた。歓迎はされていないようだ。周りの視線がビシビシと突き刺さってくる。敵意はむき出しで、隠そうともしていない。研究室の姫がまたまた新しい男から求婚されるんじゃねェかって警戒してるんだろうなァ。めんどくさい。俺もあの侵略者みたいに、好き勝手に姿を変えられたらいいのにな。


「失礼します」


 頭をぶつけてしまいそうだったので、身をかがめて扉を開ける。昔はバレーボールやらバスケットボールやら、とりわけ『身長は高いほうが有利』だとか言われるスポーツにやたら誘われたものだが、そういう課外活動の類は活動費が嵩むので参加した記憶がない。あちこちの大会に出場するために、親の負担があるものだ。日々の生活に苦労しているのに、あの父親が協力してくれるはずがない。

 万が一参加できるだけの余力があったとしても俺は参加していなかったと思う。ただでさえも他人の表情を窺って、他人に合わせて生きているのに、わざわざ団体行動に身を投じるなど正気の沙汰ではない。オリンピックなどを見ていると震える。周りと話題を合わせるために仕方なく見ていたが。


「どうもどうも」


 ショートボブの小柄な女性だ。潤んだ瞳が〝チワワ〟を彷彿とさせる。揃えられた前髪だけが水色に染められていた。不思議と似合っている。男どもを魅了するたわわな胸は、今はデニムのジャケットで隠されていて拝めそうにない。


「これ、お土産です」


 最寄駅の駅ビルに入っていたドーナツ屋のドーナツを渡すと「どーなっちゅ!」と両手を挙げて喜んでくれた。何歳だこの人。確か、例の後追い自殺未遂の時が高校二年生で、それから――


「こほんこほん」


 一学生である俺に年甲斐もなくはしゃぐ姿を見せてしまって恥ずかしくなったのか、わざとらしく咳払いをする弐瓶教授。実年齢はともかく、直接聞くのも失礼な行動なので慎む。童顔に分類される顔つきをなされているので、余計に年齢はわからない。


「で、『Transport Gaming Xanadu』の話をしに来たのでしたっけ」


 どーなっちゅのおかげか、最初の「どなたですかー」の時よりは随分と声のトーンを変えて、柔らかで落ち着きのある声質で話を切り出してきた。


「例の訴訟の中で、個人的に気になる単語がありまして」


 今回の面談に至るまでのメールのやりとりでも、何度か聞き出そうとしている。そのたびにはぐらかそうとするのだ。曰く『話してもわかってもらえない』だとか『そんなことよりも』だとか。本人を目の前にしてなおも逃げようとするかどうか。潤んだ瞳を見つめる。


「転生って何ですか」


 単語の意味を知らないわけではない。


 世の中の創作物に、異世界に転生して無双したりスローライフを送ったりする作品は数多くある。しかしながら、民事訴訟という真面目な場においてその単語が出てきてしまうのはあまりにも場違いだ。かつての弐瓶教授は〝ゲームマスター〟という大いなる力を――コズミックパワーに近しい、非科学的な力を――用いる存在が、一色京壱をMMORPG『Transport Gamig Xanadu』の世界に引きずり込んだ、と主張した。


 俺だって、コズミックパワーを目にするまでは信じなかった。人体の構造から考えても、あんな目にも止まらぬスピードで変形するなんてことはありえない。目にしてしまった今だからこそ、その〝ゲームマスター〟とやらも信じられる。


「――私も、転生したの。『Transport Gaming Xanadu』の世界に。私は一度死んだけれど、現実には飛び降りは失敗したってことになっていて……生き返ったのとは、違うんだろうけど。気付いたら病院のベッドで寝ていた」


 嘘はついていない。


「私は京壱くんを現実に連れ戻すために、ゲームマスターに頼んで『Transport Gaming Xanadu』の世界に転生した。京壱くんと二人で、現実に戻ってくるはずだった。でも、」


 潤んだ瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 めんどくさい。


「京壱くんは戻ってこられなかった! ――だから! 私は運営会社を訴えて、データを隅々まで調査して、京壱くんを呼び戻そうとした! でも、でも、」


 傷ひとつない手で顔を覆った。

 これ、俺が泣かしたことになんの?


「どこにもいなかった! 確かにあの世界に、あのMMORPGの世界に、京壱くんは生きていたのに! 私はいっぱいいっぱいいーっぱい勉強して、プログラミングだとかデータベースだとかいろんなことを学んだのに! 見つからない! どうして!?」


 はあ。


 20XX年にもなって、どうして科学技術人の努力ファンタジー不思議な力に勝てないのだろう。


「一色京壱に会いたいですか?」


 まあ、正確には、一色京壱の姿をした侵略者だけど。見た目が同じなら気休めにはなるんじゃあないか?

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