第30話 バック・トゥ・ザ・フューリー
アンゴルモアが祖母の聞き間違えから〝安藤もあ〟と名乗るようになり、三ヶ月が経過した。
世間からズレた発言の数々は『世間知らずの箱入りお嬢様』という属性でカバーされている。彼女の容姿が――頭部とそれ以外とで別の人間を組み合わせているから――浮世離れしているので、この属性を裏付けしているようなものだった。深く考えすぎず、今見えている現実を真実として受け止めるのが無難だと思う。姿形を自由に変えられると説明したところで、だ。
無造作に置かれたドラムバッグの処遇に関して、祖母は祖父に判断を委ねた。
金は受け取ってもらえなかった。曰く「今後二人で生活していくために貯めておきなさい」とのことだ。婚約者とでも思われているのだろうか。これからの二人の共同作業は、人類の滅亡させることであって新婚生活ではない。断られて「そうかそうか」と隣で嬉しげにしていたのがよくわからない。受け取ってもらいたかったのではないのか。
まだ定年を迎えていない祖父は、安藤もあが金を持ってきたその次の日に転勤を言い渡されて今はオーサカにある支社へ単身赴任している。孫が連れてきたセクシーなガールフレンドを一目見るなり、推しの野球チームが勝利した時ぐらいには興奮していたのだが(その様子を冷ややかな目で見つめる祖母の心情を察して笑いを噛み殺した)残念である。
受け取ってはもらえなかったが、後妻さんが使っていた部屋を使わせてもらえるようにはなって、宇宙の果てからやってきた侵略者との一つ屋根の下の生活は現在まで続いている。
この金だが、どこから持ってきた金なのかと訊ねれば「コズミックパワーで〝転移〟させた」としか答えない。しばらくの間、ニュースで『金庫から札束が忽然と消えた』事件が報道されていた。無関係ではないと思う。とはいえ、大学院の入学手続きを済ませることができたのもこの金のおかげなので文句は言えない。しばらくは働かなくてもよさそうだ。
「おかあさま! 本日はカボチャの煮物を教えてくださるのでしたわね!」
自分の顔ぐらいの大きなカボチャを冷蔵庫の野菜室から取り出して、瞳を爛々と輝かせながら祖母に話しかけている。安藤もあは祖母をいたく気に入った様子で、毎日のように料理を教えてもらっていた。今やお互いを「おかあさま」「もあちゃん」と呼び合うほどの仲だ。まるで実の母娘のようにショッピングモールやデパートに出掛けているとも聞いた。服装のバリエーションが増えたのも、買い与えているからなのだとか。金はあるからと断っても、祖母が支払ってしまうらしい。あずかり知らぬところで親密度が上がっている。
っていうか『人類を滅ぼす』と息巻いていたのにどういう風の吹き回しかと訊けば「地球上に我とタクミの二人きりになるのだから、タクミには健康に気遣って長生きしてもらわねばならない」とさも当然のように答えられた。人類が滅んだ後の世界で植物が育っているのかは、謎だ。
「タクミも手伝う?」
所在無げにリビングから様子を窺っていたら祖母が気付いてしまった。書類上は祖父母とはいえ、この二人の年齢は祖父母というより『両親』と偽ったほうが話が通じやすいぐらいには若い。それを踏まえて侵略者も「おかあさま」と呼んでいるのだろう。最初こそ「おばあさま」と呼んでいたが、三日としないうちに変わっていた。きっと外で面倒なことがあったのだろう。
一人娘である後妻さんが俺と年齢が近かったことを考慮すれば順当な年齢だ。が、この二人もよく俺の父親との再婚を認めたな……と他人事のように思う。父親には特に目立った財産があるわけでもなかった。遺品を整理していたら莫大な資産が見つか――ればよかったのだが、そういうものもない。借金が見つからなかっただけよかったか。そう考えることにしよう。
「ケガでもしたら大変だから、出来上がりを待つのだぞ」
包丁の切っ先を俺に向けながら、ふんふんと鼻を鳴らす宇宙人。
やたらと自信ありげな様子に「ああ。そうするよ」と言葉に甘えて自室に戻った。
実際、料理の腕は上がってきていると思う。
――俺は今、情報工学の教授とコンタクトを取っている。学生の間では名前よりも〝デカ乳〟だとか〝エロボディ〟だとかの身体的特徴のほうが有名で、それ目当てで履修を決める輩も多い。噂によればその人へ愛の告白をした人数は両手では足りないぐらいで、ことごとく破れ去っている。まあ、その教授の過去を調べた俺から言わせてもらえば「断られるに決まってんだろ」と笑い飛ばしたいぐらいだ。
飛び降り自殺した一色京壱の後を追うように同じ場所から飛び降りるも、生還。その後、一色京壱の魂が『Transport Gaming Xanadu』というMMORPGの中に残留しているとしてゲームの運営元を訴えた。運営元は訴えに応じてデータを開示してくれたのだが、20XX年現在に至っても見つかっていない。見つかっていないとあらば虚言かもしれないが、それでも弐瓶教授は諦めていない。……なかなか面白い女性だ。
ただのネトゲに婚約者の魂が幽閉されているだなんて、事実ならとんでもねェなと思う。俺はなんとなく、本当になんとなくではあるのだが、この事象にコズミックパワーと近しいものを感じていた。
コズミックパワーのような、科学的には証明し難い不思議な力が作用しているような。本当に一色京壱という人間がそのゲームの中にいるんなら、だけどさ。
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