第25話 過去への扉


 魔法ってやつは、はっきり言って何が何だかさっぱりわかんねェ。


「ここは……!」


 去年、アンゴルモアの襲撃により倒壊した研究施設の中。

 さっきまでの騒がしさはどっか行った。


 静かなもんだ。

 人の姿はない。


 薄緑色の壁を触ってみる。

 ちゃんと感触があって、叩くとコツコツと音もした。


 懐かしい。


 ここであたしは生まれて、ここで育てられて、ここで死ぬはずだった場所。

 今はもう存在しない。


「記憶の中の世界かァ」


 どこにどの部屋があったかを思い出しながら歩き回る。


 具体的に何月何日のこの場所なのかはわからん。

 あたしの記憶の中の世界だってんだから、この場所は三年前でこの場所は倒壊直前の状態、ってのはあるだろうな。

 全ての部屋を第四世代で使っていたわけじゃねェし。


「カグラはここのどこを見てもらいたいんだか」


 全部かなァ?

 だとしたらカードキーがないと入れない部屋があるから、それを取りに行かなきゃなんねェな。


 それに、研究員でないと入れない場所もあった。

 あたしたちが入ろうとすると入り口で警報が鳴って、好奇心が強いやつから罰を受けていく。


 あたしは入ったことがない。

 罰を受けるのが怖かったんじゃなく、参宮に聞いたら『別にそこまで大したものは置いてないよ。隠すようなものでもないから、ここまでセキュリティを強化する意味がわからん』と言っていたからだ。


「……参宮」


 記憶の世界なら。

 現実では死んじまったけど、ここなら生きている。


 あたしが忘れない限りは。


(いや、別に、すげぇ会いたいってわけでもないけど、うん)


 言い訳がましくなっちまうな。

 でも、素直に「会いたい」って認めたくないあたしもいた。


 あたしの中であたし同士が対立している。


 ここで〝寂しい〟って思ったら負けって思っているあたし。

 会って、安心したいあたし。


 寂しい?

 安心……?


 いつからあの後頭部ハゲのデブが、あたしの心の支えになってんの?


 なんだそれ。

 笑える。


(……ないない)


 あたしは大天才。

 たったひとりでも、魔法とやらがあるゲームだとかいう科学技術が裸足で逃げ出すような理解不能な世界で、『人類の平和』のために戦える。

 立ち向かわないといけない。


 世界を救えるのはこのあたし、四方谷拾肆だけだ。

 あたしが頑張らないと、あの世界はアンゴルモアによって破壊される。


 あたしは『人類の平和のために生まれ』たんだから。

 命をかけて戦わないといけない。


(顔を見るだけだ。うん。そうしよう)


 この研究施設内の参宮の拠点に、あたしは辿り着いた。

 研究員の寝泊まりするエリアと、あたしたちが暮らしているエリアは最北端と最南端ぐらい離されている。


 あたしは気軽にこっちまで来ていたけど、他の奴らは「なんでわざわざ」って言ってきたな。


 さっきの立ち入り禁止の部屋みたいに入っちゃいけねェって言われてんじゃないから、行ってもいいだろうが。

 何がいけねェのか言ってみろって言い返したらそういう奴らは黙るしさ。

 意味わからん。


「入るぞー」


 あたしの記憶の中の世界なんだから声をかけなくてもいいのに、ついクセで声をかけてしまった。

 記憶通りの参宮の居室には、記憶通りに参宮がいて、いっつも座っている背もたれの高いイスに――


「誰だ?」


 違う。

 参宮じゃねェやつが座っている。


「誰だ、って。何を言っているんですか四方谷さん」


 この喋り方は参宮だ。

 声質がちょっと違う。


 顔つきと体つきはぜんっぜん違った。


 誰だよお前!

 もっと太ってただろ!


「四方谷さんの優秀な助手の参宮拓三さんぐうたくみじゃあないですか」


 その口ぶりも生前の参宮のものだ。

 耳まわりと後頭部の毛先がオレンジ色で、あとは黒髪なのも。


 あたしの記憶の中の世界だからって、こんなに痩せてなかっただろうが!

 いつの時代のお前なんだよこれ。


 死ぬ直前なんか「妊婦か?」ってぐらい太ってただろうが。


「……ふふっ」


 なんか、笑えるな。

 これはこれで。


「どうしました? なんかついてます?」

「むしろついてねェぐらいだよ」


 贅肉がな。


「っていうか、俺とおしゃべりしに来たんですか?」

「ちげェよ。これからネコのためにこの施設を探検しなきゃならねェの」

「真っ先に俺に会いに来たんですね。なるほどなるほど」


 参宮はイスから立ち上がると、あたしの頭をくしゃくしゃになるまで撫でてきた。


 なんて都合のいい世界なんだろう!

 ずっといられたらいいのに。


 いや。

 ずっといてはいけない。


 夢がいつか覚めてしまうように、明けない夜がないように、あたしは起きないといけない。


 起きて自分のこの足で立ち上がって。

 また戦わないといけない。


 あんな、よくわからない、何もわからない。

 なーんもわかんねェ世界で。


 あたしは『人類の平和』っていう、とてつもなく大きなものを背負って、とんでもなくつええ敵に立ち向かわないといけない。


 こわい。

 こわくないわけがない。


 ヤマタノオロチだって、ルキウスだって、コロッサスだって。

 どんなに強がっていても、本当は、こわかった。


 でもさ!


 あたしは大天才だから。

 犬にこの頬を叩かれても、立ち上がれた。


 どんなにこわくても、あたしがやらないといけない。


 それでも、……できることなら。

 このままコイツを連れて、戻れたらいいのに。


 そしたら、あたしは。

 ひとりで戦わなくてもよくて。


 ここが崩壊するときみたいに。

 時空転移装置を作ったときみたいに。


 ふたりで、生きていける。


 この世界に『人類の平和』をもたらすために。

 ふたりでなら、あたしはもっと強くなれる。


「……ああ、今結び直しますね」


 あたしが涙を流している理由を、この鈍感な大男は『あたしの髪型が崩れたから』だと勘違いしたらしい。

 ほんっとダメな助手だと思う。





【逆説的論争】


 SeasonX end.


 →続きを見る。

 →セーブする。


【20XX年の五年前】へ転移しますか?


→はい

SeasonYへ


→いいえ


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