第23話 中立都市 〈1〉



 魔法って何?

 物理法則ガン無視か?


 アインシュタインがメソメソ泣いてんぞ。


(あたしの元の世界の苦労を水の泡みてェにしてくれやがった……)


 あたしはカグヤの言うとおりに、ただ目をつぶっただけだ。


 いや、……何すんのか気になってほんのちょっとだけ目は開けていた。

 アイツは『次、そのまぶたを開いた時にはゼノンです。お達者で』というセリフを吐き捨てて、あの短い《杖》を指揮者っぽく振ったんだ。


 そうしたら《パールバッジ》の《呪い》を解いた時みたいに先端から星が出てくる。

 その星々があたしの身体を包んで、そんで、風景が変わった。


 これがカグヤの《テレポート》っていうやつらしい。


 どういう仕組みなんだかわかんねェ。

 わかんねェけど、スマホの『マップ』曰くこの場所が中立都市ゼノンってのは間違いない。


 あたしが急にこの場所にぽっと現れたってのに周りの奴らがなーんも気にしてないってところから、この世界での《テレポート》がそんなに珍しいもんでもないってのがわかる。


 元の世界で突然人が瞬間移動してきたらビビるだろ。

 なんならアンゴルモアの〝転移〟みたいなもんだ。


 その場がなんだかんだで大騒ぎになっちまうのは、想像に難くない。


(しっかし、腹減ったな)


 黄金都市で服買ったり飯食ったりしたかったのに、あたしってやつは目的を果たすために真っ先に工場に行ったからな。

 腹はずっと減ってるってのに。


 服のほうは、まあ、ここは暑くも寒くもねェから後回しにしよう。


(ショウザンの季節が春、セネカは霧でよくわかんなかった。さっきのピタゴラは冬だとすると、ゼノンは秋か)


 紅葉している葉っぱを見上げる。


 元の世界もアンゴルモアが侵略してくる前は、紅葉狩りだとかいってこういう葉っぱを見にいく行楽があったんだってさ。

 風流だか侘び寂びだかは知らんが、きれいなもんはきれいだとは思う。


 枯れて死にゆく儚さみたいな、そういうもん。


「儚い命ねェ……」


 あたしたち『ピースメーカー』計画で生み出された生命は、儚いってか、そうあるべく造られたもんだから。

 最初っから〝死〟を前提としたものだ。


 植物だとか虫だとかの、そういう類の儚さっていうもんとは違っていて、……ともすれば、そういう類のものよりもずっと格下で。

 それでも、こうやって物事を考えられるだけの知能はつけられた。


 人として会話できて、人として他の命を食べて、人として呼吸している。


 立場的に、当事者たるあたしがこう言うのもなんかおかしいけどさ。

 引っかかるもんはあるんだよな。


(その『ピースメーカー』計画が本当に食料問題を解決するってだけなら、食用人間を育てるよりももっとやり方があるだろって。人間を造って、文字の読み書きまで学習させてテストして競い合わせるなんて非効率的じゃあないかって)


 もっとたくさん肉とか乳とかが取れる牛とか。

 もっと短い期間で食用にまで育てられる鶏とか。

 捨てるところのない豚だっていい。


 そういう一般的な家畜じゃあなくて、わざわざ人間を造った理由はなんだ?


(あたしは『ピースメーカー』計画がなきゃ生まれていないんだから、そこに突っ込むのは野暮ってか自身の存在の否定ってか……おかげで参宮にも聞けてねェが)


 その参宮も死んじまったので真実は闇の中。


 他の奴ら?

 知らん。


 関係者でも研究施設にいたやつばっかりじゃないだろうから、探せばいるんだろうが。

 ひょっとしたら例の宇宙に逃げ出す計画で死んでるかもな。


 それはそうと!

 飯だ飯!


 あたしは『マップ』で飯を食えそうなところを見つけて、その店に入っていく。


 中立都市っていうだけあって、犬もネコも半々ぐらいいた。

 これまではどっちかしかいなかったから逆に落ち着かんな。


 入口でキョロキョロしていたら、ウェイターっぽい格好の犬が気付いた。


「いらっしゃいませー!」


 威勢よく挨拶されて、やや気圧される。

 背が高くてブチ模様の犬だ。


 この犬は見たことあるな。

 参宮はたまにあたしに映画を観せてきたんだけど、この犬がたくさん出てくる映画を観た記憶がある。


 ひゃくいっぴきだとかなんとか。


 えーっと、確か。

 ダルタニアン?


『ダルメシアンです』

「んあ!?」


 脳に直接声が!


『高度な間違いをなされますね。……お姉から話は聞いていますよ。こちらのテーブルにいらしてください』

「誰だ!」

『私はカグラ。カグヤの妹です。突き当たりの一番左のテーブルから、《テレパシー》を送らせていただいています』


 今度は《テレパシー》かよ。


 で、何。

 カグラ?

 さっきの受付嬢ネコの妹?


「待ち合わせですか?」


 ウェイターの犬が怪訝な顔をしてくるので「ああ。そっちの奥の」と答えて、店の奥へ進んでいく。

 うまそうな料理の匂い。


『ここは人気店ですので、声で呼びかけるよりも《テレパシー》のほうが会話しやすいのです』


 一番左のテーブル。


 さっき別れたばかりのカグヤと瓜二つなネコが、背もたれのある座席に座っている。

 手で「どうぞ」とジェスチャーされてからあたしは向かい側に座った。


 こいつがカグラで間違いないんだろう。



【反相対性理論】

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