第19話 黄金都市 〈2〉
両隣に黄金のライオンの像が置かれた門をくぐれば、きちっとした制服を身につけて背筋をピンと伸ばした受付嬢――のネコがスタスタとやってきた。
「ようこそ! こちらがこの世界の通貨〝ゴールド〟を製造しているこの世界唯一の工場、『造幣局』であります」
造“幣”局ではあるが、まだこの世界で紙幣は見ていない。
元の世界では紙幣の製造は『印刷局』が受け持っていた。
こちらの世界ではこの場所が『唯一』らしいので、そもそも〝紙幣〟というものが存在しないのだろう。
見かけてねェしな。
ショウザンでの買い物の経験から鑑みるに金の粒ひとつに千ゴールドの価値があるようだから、元の世界でいうところの百円玉に相当する硬貨もありそうだ。
「私が案内させていただくカグヤと申します。ご不明な点がございましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」
受付嬢ネコが恭しくお辞儀をしてくれたもんだから、あたしも「ああ、わかった」と返事をする。
遠慮なくって言うんだから気になったら聞いていこうじゃないか。
わからんことはわからんままにしとくんじゃなくて、わかるやつに聞いていったほうがいい。
わからんことは恥ずかしくないからな。
「これから実際に製造している様子を見学していただきますが、……失礼します」
カグヤは胸ポケットから短い《杖》を取り出し、その先端をあたしに向けてくる。
口元をふにゃふにゃと動かして、聞いたこともない言語を唱えていた。
これってあれか?
呪文ってやつか?
あたしが「ん?」と首を傾げていると《杖》の先端から小さな星が瞬きながら噴射されて、ガンベルトにくくりつけられた巾着に向かっていく。
巾着の入り口から星が侵入した。
「お持ちのお荷物に魔法がかけられていましたので、解除させていただきます」
「は?」
なんだそれ。
あたしは魔法なんかかけた覚えないぞ。
いくら大天才のあたしでも知らんもんは知らん。
知らんったら知らん。
「お持ちの《パールバッジ》に強力な魔法、――いえ、これは神樹都市セネカの領主がかけた《呪い》と言えましょう。《呪い》がかけられておりまして。作業に支障をきたす可能性がございますゆえ、解除させていただいた次第でございます」
「ああ、あいつの」
魔法だとか呪いだとかそういう類の非科学的な事柄は専門外だ。
だが、専門外だからって思考を放棄するのは違う。
常に学習し続ける者が大天才となりうる。
「その《呪い》ってなんだ?」
聞いてみっか。
ご不明な点がございましたら遠慮なく、って言われたしな。
「まず、『持ち主に名称をつける』もの」
この《パールバッジ》は本来『ココちゃん』の持ち物だ。
あの街の他の住民は『ココちゃん』を容姿ではなくこの《パールバッジ》で判断していた。
父親でさえもだ。
だからあたしが『ココちゃん』って勘違いされたんだもんな。
「次に、『アイテムの持ち主を《呪い》をかけた魔術師の意のままに操る』もの」
やっぱり操られてたんか。
あたしの違和感は間違ってなかったんだな。
ルキウスが『ココちゃん』の頭に手を置いたら泣き止んだのもそのせいか。
「最後に、『持ち主の居場所を特定する』もの。ですね」
あたしが『ココちゃん』から《パールバッジ》を奪い取った瞬間にネコたちがやってきたのはこれか。
全部わかっちまったな。
「ありがとう」
解除してもらえてよかった。
あたしはサマナーだから《呪い》を解除できるスキルなんてないだろ。
……ないよな?
「いえいえ。こちらの身を守るためでもございますから」
気になってスマホを取り出し、頼りの『冒険の手引き』を起動してみる。
呪い、呪い。
検索したらすぐに出てきた。
曰く、『プレイヤー自身にかけられた状態異常の《呪い》は《万病治療薬》で解除できる』が『アイテムにかけられた《呪い》はシーフの《アイテム鑑定》やメイジの《スペルリジェクト》を使用しなければならない』とのこと。
「あの神樹都市っての、おかしいと思ってたんだ。神がどうのこうのってやたら言ってくるしさ」
あの『ココちゃん』は儀式で殺されそうになってたけど、あたしが召喚した《ボルケーノサラマンダー》が街ごと儀式をぶっ壊した。
復興するまでには時間がかかるだろうな。
「各都市の方針には立場上口出しできませんが、個人的な意見を申し上げてもいいのであれば」
カグヤはそう前置きしてから「私はあの都市には住みたくありませんね」とのたまった。
まともそうに見えて案外話がわかるやつなのかも。
気に入ったぞ。
コイツの話は聞いてやろう。
【呪縛的舌禍】
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