第17話 神樹都市 〈5〉

 他のネコたちはあたしを『ココちゃん』と勘違いしていた。

 それをあたしは『ココちゃん』の《パールバッジ》を強奪したからだとばかり。


 この神樹都市セネカの住民の中で、領主のルキウスだけはあたしをあたしだと判別できているようだ。


「バッジにどんな細工がされてんのか気になるから、神罰ってのを下す前に教えてくれねェかなァ?」


 あたしは《パールバッジ》をルキウスのその小さな瞳にもよぉく見えるように見せつけながら訊ねる。

 いつでも逃げられるようにチキンの上からは降りない。


「……旅の人よ。もう一度訊きましょう。神を信じマスか?」


 ごまかされたかな?

 何度聞かれてもあたしは神を信じちゃいねェが。


「信じるって言ったらあたしの分の《パールバッジ》をくれるんか?」


 あたしが聞き返すと、ルキウスは「もちろんデスとも。この神樹都市に認められし冒険者として、大事にしていただきたい」と言いつつその左手の上に《パールバッジ》を出現させる。

 そういう仕組みになってんのな。

 コイツと最初に会ったときに「信じてるよーん」って答えときゃ手っ取り早く終わったっつうこった。


 ココちゃんから奪い取る必要もなかったと。


「じゃあさ。この世界の〝神〟ってやつは、別の世界も救ってくれんのかな」


 あたしは『人類の平和』のために、この〝メインクエスト〟を終わらせなきゃならねェんだけどさ。

 この世界の神とやらは、アンゴルモアをぶっ倒してくれるのかな?


 創は【抹消】だとかいう力があって、それでアンゴルモアとアンゴルモアが〝転移〟させてきた怪物たちを消してくれるらしい。


 あたしは第四世代だから記憶領域が他の世代より優れてるんだけどさ。

 その第四世代の中でも大天才なんだから、もし創がしらばっくれても「そう言ってただろが」って問い詰めてやるつもり。

 あたしはお前の言う通りに〝メインクエスト〟を終わらせてやったんだからお前も約束を果たしてくれってね。


 この世界の神なんて呼ばれている空想上の生き物は、あたしの元いた世界を救ってくれんのかな。


「あたしが今ここで『神を信じる』って言えばあの世界が救われるってんなら、信じてやってもいい」


 そんな都合のいい存在が神だというのならば、頼ってみてもいい。

 どうなんだ?


 一縷の望みを抱いて、あたしはルキウスのその瞳を見つめた。


「我らの神は「ウェエエええええええええ! 助けてえええええ!」


 泣き声がルキウスの返答に覆いかぶさる。


 うるせぇ!

 大事なところだってのになんだよ!


「止めに行きまショウ」

「止めに?」

「彼らは本物の『ココちゃん』を異教徒と取り違え、儀式によって葬ろうとしていマス。異教徒は儀式ののちに隣のニーチェ墓地に埋葬されマスので」


 ああ、そうだな。

 儀式がどうのって言ってたわ。


 でも埋葬されるっていうのは初耳だわ。


 あと、ニーチェ墓地ってとこがあんのな。

 メインクエストには関係ねぇっぽいから覚えてなかったわ。


「お前が止めてくりゃあいいじゃん。領主だろ?」

「旅の人が今持っている『ココちゃん』の《パールバッジ》がなければ、住民は『ココちゃん』を『ココちゃん』と認識できまセン」


 ふーん?

 あたしの予想、的中してたな。


「領主なんだからお前が何とかしろよ」

「異教徒は滅ぼさなければなりまセン。神樹ネロを信ずる者たちは、異教徒を滅ぼすよう定められておりマス」

「お前が止めろってんだよ。領主だろって」

「できまセン。止めるには『ココちゃん』の《パールバッジ》が必要デス」


 あたしが『ココちゃん』の《パールバッジ》を持って行こうとしてるから困って、慌ててあたしの前に現れたってこった。

 理解したわ。


「んじゃ、あたしの分の《パールバッジ》とあたしが持ってる『ココちゃん』の《パールバッジ》を交換すっか?」


 あたしは《パールバッジ》を持っていかないといけない。

 コイツは『ココちゃん』の《パールバッジ》が必要。

 コイツはあたしの分の《パールバッジ》を持っている。


 あたしはあたしの分でも『ココちゃん』の《パールバッジ》でもどっちだろうと構わない。

 メインクエストの条件としては《パールバッジ》としか書いとらんしな。


「イイでしょう」


 ルキウスはあたしの分らしい《パールバッジ》をあたしに手渡そうと近づいてくる。

 だが、あと数センチのところでチキンが「フォッ!」とその翼を広げて飛び立ちやがった!


「わっ!」


 どうしたんだよ!

 なんで!


「おい! チキン!」


 あたしが抗議すると「フォフォフォフォ! フォ! フォワー!」とチキンがチキンなりの意見を返してきた。

 なんだなんだ。

 そんな早口で言われても困る。


「フォ! フォー、フォ!」

「はぁ、なるほど?」


 チキン曰く、あたしがあっちの《パールバッジ》を受け取ったらアイツの思う壺で、アイツに操られるんじゃねェかってさ。

 ここに着いたばっかりのときの住民の様子から鑑みるに、この《パールバッジ》によってアイツに操られてそうだしな。


 甘言に釣られんな、と。

 手駒にされるぞ、と。


 あっぶね。

 受け取ってたらあたしも異教徒死すべしの思考になってたか。


「フォ、フォフォ!」

「それは別にいいよ」


 ココちゃんを助けに行こうって言うんだよこの鳥。

 別にあたしは助けてやる義理なんてないだろ。

 あっちが勝手に牢を開けに来たんだしさ。


「でも、儀式はやめさせてェな」


 あのおせっかいで泣き虫なチビのネコがあたしのような大天才と誤解されっぱなしなのは癪だ。


 あたしは《パールバッジ》を《サクラバッジ》やスマホの入っている巾着に入れて、ホルスターからSAAを取り出す。

 神樹ネロに向かってトリガーを引いたら、その銃口からはどう収まっていたのかわからないようなサイズの――元の世界では馴染み深い、ビルのようなサイズのトカゲが現れた。


「ギュアアア!」


 表皮は鮮やかなオレンジ色のグラデーション。

 首の周りにライオンのタテガミのような……コイツ、トカゲはトカゲでもエリマキトカゲってやつか?


 後ろ足と尻尾でバランスを取りながら(石造りの家屋を破壊しながら)立ち上がり、細長い舌をピロピロと出したり引っ込めたりしている。


「召喚獣、こんなやつもいるんか」

「フォオ!」


 これまでチキンが最大サイズだったが、追い越されたな。

 あたしはSAAをしまってスマホを巾着から取り出し、カメラで召喚獣の名称と性能をチェックする。


 コイツは《ボルケーノサラマンダー》というらしい。

 ボルケーノっていうぐらいだから火属性か、と思っていたら舌を引っ込めて口から火を噴き出した。


 身体ん中どうなってんの?


「あーあー……」


 建物は石造りだから焼けるこたぁないだろうがネコたちは右往左往の大混乱。

 あっちへこっちへと彷徨い惑う。


 儀式は中断されたっぽい。

 中断されたっていうか実行してたやつらがどっか行った。


 取り残されたココちゃんの元にルキウスが現れて、ココちゃんを担いで消える。

 直後に《ボルケーノサラマンダー》の火が祭壇に直撃した。


 あたしはその様子を(文字通りの)高みの見物をしている。

 眼下は火の海。


 怪物を〝転移〟させていたアンゴルモアは、こんな気持ちだったんだろうか。


 万能感と優越感が、足の指先から脳天に向かって突き上げてくる。

 コイツらは炎の脅威から、逃れられやしないのだと――。



【混沌邪智暴虐】

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