第14話 神樹都市 〈2〉



 そう聞かれたら、あたしはこう答えるしかなかろう。


 いいか。

 耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ。


 ネコの耳の構造どうなってんかは知らんが。

 人間みてぇにゴミは溜まるだろ、生きてるし。


「あたしは信じてないな」


 司祭服のネコの眉がピクっと動いた。

 信じている、と言ってほしかったんだろうね。


 残念無念。

 あたしは神を信じない。


 相手を間違ってるんよ!


「神ってやつは、神にとって都合の良いやつらしか救わんらしい!」


 周囲のネコたちがざわめく。


 いい気分だ。

 このまま演説を続けさせてもらおっかな?


 咳払いをして、深呼吸をして。


 言葉を選んでいこう。

 人の――ネコの心を動かすような言葉を並べていこう。


「あたしみたいな『存在すら信じてないような人間』には見向きもしない」


 毛色も目の色も、服装も体格もバラバラなネコたち。

 しかしよくよく見ると全員の左胸に大粒の真珠がくっついている。

 司祭服のネコにもココちゃんにもついていた。


 神樹都市に到着するまでに〝海〟は見ていない。


 宝石には興味ねェけどさ。

 真珠って、アコヤ貝だっけかを海に浸けて養殖しないといけないんだったよな?


 特産物でもないのにみんな持っているなんておかしくないか。


 ひょっとすると、持っているか持っていないかで『旅の人』と『信徒』を見分けてんのか?


 ま。

 いいや。


「八百万の神って言うけどさァ。どいつもこいつも、選り好みしてくれるじゃありませんか!」


 ココちゃんはあたしの一挙一動に釘付け。

 司祭服のネコの表情はどんどん曇っていく。


 おもしろ。


 両腕を大きく広げて、あたしは宣言する。

 今から一番大事なことを言ってやるさ。


「なら、分け隔てなく『人類の平和』を実現するあたしは〝神〟なんかより数億倍――いや、数兆倍は尊くて偉くて崇められるべき存在だッ!」


 ざわめきが止んだ。

 しんと静まり返る。


 パチパチパチパチ……。


 ただ一匹。

 ココちゃんだけが「わー」と調子はずれの歓声と拍手を送ってくれた。


「――異教徒を捕らえヨ」


 司祭服のネコが右腕を振りかぶると、命ぜられた周囲のネコたちが「異教徒!」「異教徒!」と口々に叫びながらあたしににじり寄ってくる!


 味方だと思っていたココちゃんまで「いきょーと!」と喚いていた。


 こんなにちっちゃい(あたしよりも小さい)のまで言うか。

 それはちょっとショックだな。


 そんでもって、なんかやってんなコイツ。

 司祭服ネコ。


「うわー」


 ……わー。

 たいへんだー。


 リアクションだけは取ってやるけど、この展開、なんとなく予想ついてた。

 力で理解させてやろうって方針の奴、施設にもいたしな。


 五代英伍とかいう名前だった気がする。

 目が開いてるんだか開いてないんだかわかんねぇような糸目と、猫背の男。


 記憶力はいいんだよ、第四世代だし大天才だし。


 参宮は『あんな奴とコミュニケーションを取るだけ時間の無駄だから』と言っていた。

 五代は参宮のことを『ロリコンくん』と呼んでいた気がする。


「抵抗しナイか」


 司祭服のネコがアゴに肉球付きの手を添えると、他のネコたちの動きがピタッと止まった。


 あたしは逃げない(四面楚歌で逃げられないとも言える)。

 両手を挙げて降参のポーズは取る。


 降参のポーズなあたしがぎろりと睨むと司祭服のネコは「我の名はルキウス。この神樹都市の領主である」とご丁寧にも名乗ってくれた。


 お前の名前はどうでもいいよ。

 どうしてもってんなら脳みその片隅で覚えといてやんよ。


 この世界の住民ってだけであたしにとっては心底どうでもいいわけ!

 名乗るだけ酸素の無駄だよ。


「神を信ジヌ旅の人。其方の名前を聞いておこう」


 どうでもいいやつではあるけど、聞かれたなら答えてやるか。


 そうだなァ。

 古代ローマ帝国、古代ローマ帝国。


 ドミナートゥス、プリンキパトゥス。


 ……よし。

 閃いた。


「あたしはアウグストゥス尊厳ある者。もしくはオクタウィアヌス初代皇帝なん「捕らえヨ!」


 先頭のネコがあたしのみぞおちにパンチしてきて、あたしは気を失った。

 ダメだったかァ……冗談通じねぇなァ……。



【独裁制神格】

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