第13話 神樹都市 〈1〉
霧を裂きながら、チキンが飛んでいく。
目の前には『ネロ』という名の神樹が近づいてきた。
都市の名前はセネカでありその中心にネロが在るのだから、『古代ローマ帝国を意識していない』だとか『偶然の一致だ』などと言い逃れはできまい。
第五代皇帝ネロと、師である哲学者セネカ。
その功績よりも〝暴君〟としての振る舞いが後世に残されている皇帝と。
その皇帝に尽くしたにもかかわらず罪をなすりつけられ自害した哲学者。
あんまり縁起のいい名前ではない気がするのはあたしだけか?
「フォー……」
領地内と思しき場所に突入してから、チキンはチラチラとあたしの表情を窺っている。
徐々に高度が落ちていっているような?
「何さ」
「フォ、フォ」
「疲れた?」
うんうんと頷くチキン。
チキンな上に体力もないんか。
「待ってろ。今、どこに降りればいいか調べっから」
あたしは右腕をチキンの首に巻きつけ、左手でスマホを巾着から取り出す。
そういや、菜の花の主に会ってねェなと菜の花の刺繍を見て思い出した。
自然災害にでも遭ったと思って許してほしい。
和風都市ショウザンに戻ることはないからな。
「えーっと、赤いピンのところはっと……」
スマホの画面をなぞって『マップ』を表示した。
見えている建物に直接赤いピンがぶっ刺さってたらわかりやすいのになァ。
似たような石造りの建物ばっかりだ。
「鳥さんだぁ!」
謎の声――子どもか、なにか、そんな感じの声をかけられて「ケェッ!?」と奇声をあげて思いっきりよろめくチキン。
「あっぶね!」
あたしが落とされまいとぎゅっと首を絞めてしまい、
「フォアッ!」
苦しくなったチキンの身体が旋回して、
「うわあっ!」
あたしが投げ飛ばされた。
背中を丸め、スマホを抱え込むようにして受身を取る。
ここでスマホを手放していたら今後の〝メインクエスト〟に支障をきたすだろうと、咄嗟に判断した。
「ぐぇっ」
痛い。
空中から石畳に落下したんだから当然だ。
おかげで変な声が出てしまった。
チキンに文句言ってやろうと腕や背中をヒリヒリさせながら上体を起こす。
いねえ。
消えんのはやすぎだろ。
いいや、次召喚したときに言ってやろう。
「……おねーちゃん、大丈夫?」
恐る恐るといった声色が、背後からあたしを心配してくれている。
さっきの謎の声とおんなじやつだなァ?
心配してくれたら治るんなら、医学なんていらねえんだわ。
「てめえは大丈夫そうに見えるんか?」
この大天才が頭でも打ってバカになったらどうしてくれんのさ。
バカになるだけならまだいいよ。
こんなところで死んじまうわけにはいかないんだよこちとら。
「ごっ、ごめんなさい!」
何とか立ち上がって、そいつを睨みつける。
ネコだ。
今度はネコだ。
スマホの『冒険の手引き』にあったな。
リフェス族って奴らだろ。
犬がスニーカ族で。
「ココちゃん、鳥さん見るのぉ、ひ、久しぶりでっ」
大きなキトゥンブルーの瞳が潤んでいる。
鼻水をすする音が言葉の合間に挟まっていた。
これは、……あたしが泣か
「泣きたいのはこっちだよ!」
「ウェエエええええええええええええん!」
「うるせェ!」
盛大に涙を撒き散らしながら騒ぎ出したココちゃん。
その声のせいで「何事!」と人――じゃねぇな、ネコが集まってくる。
ぶつけていないはずの頭まで痛くなってきたぞ?
「ウェエエっ!」
どうしたもんかなァ。
あたしはどっちかっていうと被害者なんだが。
スマホは一旦しまって、ダイナミックな着地で崩れた髪を結び直してから考えよう。
そうだそれがいい。
あたしは悪くないんだ。
被害者の顔をしていよう。
「ウェエエーン! ウ、……ウェ……?」
そうあたしが心に決めたとき。
ちょっとした人だかりを左右に割きつつ、司祭服のような服装のでかい(参宮とおんなじぐらい?)ネコがすすーっと現れて、ココちゃんの頭にポンっと手を置いた。
スイッチを押されたかのように泣き止むココちゃん。
「――旅の人」
あたしのこと?
あたしの目を見てるからあたしのことなんだろうな。
司祭服のネコは「アナタは神を信じマスか?」と続けてきた。
【神仏習合八百万】
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