第9話 和風都市 〈4〉

 あたしは『マップ』を片手に、赤いピンの刺さった場所――フジマウンテンへ向かう。

 フジマウンテンの内部に倒すべきモンスター、ヤマタノオロチがいると『冒険の手引き』が教えてくれた。


 メインクエストの最初の敵。

 大方どのような姿をしているかは予想がつく。

 日本神話を思い出せば八つの頭を持つ大蛇だ。


(デカいだけなら見慣れてるんでね)


 あたしが元いた20XX年の世界にも怪物はごまんといた。

 アンゴルモアが宇宙の果てから〝転移〟させてきた怪物たちが。


 そいつらは通常の動物たちよりもデカかった。

 今はそのデカブツに対抗できる心強い武器、SAAがある。


 恐るるに足りない。


 ゴツゴツとした岩肌を登るのは不得手なので、あたしは宙に向けてSAAのトリガーを引く。

 すると(創が教えてくれた通り)バカでかい鳥が召喚された。


「フォー!」

「お前があたしを運んでくれるんか?」


 鳥に訊ねると、鳥は姿勢を低くして「フォ」と言ってくる。

 背中に乗れってことかな。


「そんじゃ、失礼して」


 よいしょっと。

 鳥の背中にまたがるのは難しいので、背中の上で正座して首元を掴む。


「フォフォー!」


 鳥はその両翼を大きく広げ、バサッと飛び立った。

 菜の花畑に落ちていった時とはまた違う浮遊感に「うわぁ!」と歓声を上げて、あたしは両手の握る力を強める。


 地面が離れていく。

 風を切って進んでいく。


 あたしは鳥に目的地を伝えていないが、鳥は目的地をわかっていたようで、火口に近づくと今度は旋回しながら降下を始めた。

 もし急降下しようもんならパッと手を離してしまっていただろう。


 配慮のできる賢い鳥だ。

 いい名前をつけてやるか。


 降りてからな。


「フォー、フォー、フォー」

「何?」


 下を見ろって言われた気がして、あたしは視線を下に向ける。


 とぐろを巻いている蛇がすやすやと眠っていた。

 やっぱりでかい。

 すんごい量の蛇の皮が採取できそうだ。


 が、ヤマタノオロチの特徴である八つの頭ではない。

 一つ頭だ。


「確認してみっか」


 あたしはスマホを巾着から取り出し、カメラを起動する。

 画面には『メインクエスト対象モンスター:ヤマタノオロチ』と表示があった。


 あれがヤマタノオロチで間違いないらしい。


 拍子抜けしたが、まあ、一つだろうと八つだろうと倒してしまえばよかろうなのだ。

 伝説だの神話だのの武勇伝ってのは後から付け足して大袈裟にしてるもんだしな。


「上から狙えんかな」

「フォ!?」

「なんだよ。武士道に反するってか?」


 真面目な鳥は頷いている。

 あたしは『人類の平和』のためにさっさとメインクエストをぶちのめしたいんだがな。

 卑怯な手を使ってでも、と考えていた。


 味方から批判されちゃあ、正面から戦うしかねェ。


「奴の手前で降ろしてくれ」

「フォ!」


 スイーっと着陸する鳥。

 その羽ばたきの音で蛇は目を覚まし、起きるなり「シャー!」と鳥を威嚇した。


「フォぁー!」


 驚いた鳥があたしを盾にする。


 曲がりなりにも召喚獣だろ?

 サマナーの後ろに隠れる召喚獣って……これもお前の性格か……。


 あたしが頼りにしている『冒険の手引き』ではこの鳥は『勇敢な性格で、プレイヤーを乗せて目的地まで運ぶほか、戦闘の手助けもしてくれる』と書いてあったけど、手助け……?


「お前の名前決めたわ。チキンで」

「フォー!」


 つつくなつつくな。


「いやニワトリじゃねぇのはわかってんだけど、今この時点からお前はチキンな」

「フォ……」


 正式な名称は《フェザーホーク》らしい。

 鷹なら鷹らしく空中から敵を狙うべし。

 狙わんのならお前はチキンだ。


「ウギュルルルル」


 眠りを邪魔された蛇がこのやりとりを睨みつけている。

 お怒りモードだ。


「いけっ! チキン!」


 あたしがチキンの背中を押すと「フォ! フォ!」とてこでも動かんぞと地面に鉤爪を食い込ませる。


「戦ってくれよそのクチバシでさ!」

「フォオオオオオ!」


 無理らしい。


 さっき空の上から襲うのをとがめたのは武士道云々というよりチキンがチキンだからか。

 ははーん。


「ウギュァアアアア!」

「フォアアアアアアアア!?」


 だめだこいつ。

 完全にビビってる。

 蛇がその牙と舌をちらつかせただけでこうだもんな。


 ここまで連れてきてくれただけありがたい。


「わぁかったよ。他のやつ召喚すっから」




【鳥肌的体験】

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