第8話 和風都市 〈3〉
裾にかすみ草のような花のカフスが縫い付けられた深緑色の《ポンチョ》を選んだ。
店員曰く「回避率が上昇します」とのことだ。
風景と同化するとか視認性が下がるとかそういうものだろう。
購入すると『インベントリ』に送り込まれる(どういう技術なんだ?)のでスワイプして装備する。
「……違うわ」
白衣の上から着せられてしまった。
一旦脱いで着直す。
白衣はインベントリに送り込まれない。
元の世界から持ってきたものだからか……?
手に持っていても邪魔になるだけなので追加で《ナップザック》を買い足してそこに折りたたんで収納しておく。
あと、髪の毛を梳かして結び直したいからくしも。
べっこうのくし。
これも500ゴールドらしい。
あとあと、水分補給は大事だから水筒も買っておこう。
これは1000ゴールド。
「ありがとうございます」
ペコペコとお辞儀してくる犬。
犬に詳しければ犬種が特定できそうだが、あたしは犬は犬としか認識していないからこいつも犬だ。
(ふんふん♪)
姿見の前で自分の姿をチェックする。
丈はひざの上あたり。
これ以上長かったら走る時に絡まりそうだから、なかなかいいんじゃないか?
他に買っておきたいものは、――今は思いつかない。
所持金は残り四千ゴールドとなった。
なくなったらタロウとジロウを使役しよう。
「じゃあな」
あたしは店を後にする。
扉の向こう側から「ありがとうございましたー」という声が聞こえてきた気がした。
次は!
飯だ!
さっき吐いちまったからな。
あたしは髪を梳かしながら表通りをうろつく。
目につくのは竹かなんかで作られたなんかしらからもくもくと湯気が出ている何らか。
大天才のあたしが知らない何らか。
興味がある。
「おじさんおじさん」
何らかの近くに突っ立っている犬のおじさんに話しかける。
突っ立っているっていうか呼び込みのおじさんか。
呼び込みってわりには暇そうだし突っ立ってるだけだ。
「おう、いらっしゃい」
いらっしゃいって言ってきたから店員だな。
店員なら知らないわけがない。
あたしは湯気を立ち上らせる何らかを指差して「これ、何?」と聞いてみる。
「温泉まんじゅうだよ」
温泉はわかる。
行ったことはないが、火山の近くで掘り当ててお湯を風呂みたいにしておくっていう。
昔まだあの世界が平和だった頃は、温泉街だの温泉宿だのがあったらしい。
観光資源として賑わっていたんだとか。
アンゴルモアが〝転移〟させてきた怪物たちによってぐちゃぐちゃのメチャクチャにされてしまって商売上がったり。
――と、いうことは、この『マップ』の真ん中のフジマウンテンと書かれているダンジョンは火山か。
ヤマタノオロチはこのダンジョンの奥地にいるらしいから、暑さ対策を考えておかねばなるまい。
「まんじゅう?」
まんじゅうとはなんだ?
おじさんは何らかのフタをパカっと開ける。
隙間からもわっと逃げ出す湯気。
何らかの中に入っていた茶色の塊を一つ掴んで紙に包むと、おじさんは「お食べ」と手渡してきた。
「あっつ」
紙に包んであるのにあっつい。
これを素手で掴んでいたおじさんは只者じゃあないな?
熱いものを素手で掴む大会上位入賞者かァ?
「ふー、ふー」
手よりも皮の薄い口の中に放り込むのに、この熱さは耐えきれない。
やけどしてしまう。
あたしは茶色の塊に息を吹きかけて、幾分か冷ましてからかじりつく。
「――ッ!」
なんだこれ!
なんだこれ!
な ん だ こ れ!
「どうだい?」
「美味い!!!!!!!!!!!!!!!」
ふかふかとしているのにもちもちもしていて、中身のこの紫色のなんだこれ?
うまいの語源は『あまい』と聞いて好奇心はあったものの、参宮からは『あまいものは体に悪いから四方谷さんは禁止です』と『あまいもの』を制限されていた、が!
これが『あまい』というやつか!
「よかったのう」
こんなに美味しいものを参宮は独り占めしていたのか。
許さん。
許せない。
「あるだけくれ!」
あたしは半開きの何らかを指差して絶叫する。
有金全部突っ込んで買い占めよう。
有金って言っても四千ゴールドか。
何個買えるんだろう。
「そんなに気に入ってくれたのかえ?」
犬だからわかりにくいけど嬉しそうな顔をしているおじさん。
どうして他のプレイヤーたちは素通りしていくのか。
こんなに美味しいのに。
この美味しさは全人類に伝えなくてはならない。
「ああ。気に入った。いくらでも払う」
「美味しいって言ってくれたから、タダでもいいんだけどねえ」
「それはダメだ。金は受け取ってほしい」
タダほど高いもんはないって誰かが言っていた。
誰だったかは思い出せねェ。
「他の客来ねえけど、売れ残ったらどうすんだ?」
おじさんがニッコニコで紙に包んでくれている横で、二個目を食べつつも気になってしまった。
人通りはある。
みんな素通りしていく。
「ずっと蒸しているわけにはいかんからねえ。入れておくとブヨブヨになってしまうんよお。そうなると捨てちゃうねえ」
「もったいない!!!!!!!!!」
口から食べかすを飛ばしそうになった。
捨てちゃうなんて。
こんなに美味しいもんが誰の口にも入らずに捨てられる?
そんな馬鹿げた話があるかってんだ。
「捨てるぐらいなら通りがかりの人に配れよ。さっきあたしにやったみたいにさ」
「え?」
「美味いってわかれば買ってくれるやつもいるだろ。ぼーっとしてるよかマシだぞ。ほら行け」
あたしに背中を押されたおじさんは片手に温泉まんじゅうを持って「あ、ああ」と前へ進んでいく。
不思議そうにこちらを見ているあたしと同じぐらいのサイズのわんこ二人。
「ぼっちゃんたち、どうぞ」
おじさんが温泉まんじゅうを半分に割ってやると、しゃがみ込んで二人に渡す。
「何これぇ」
「温泉まんじゅうっていうんよ」
「おいしー!」
「え? ……ほんとだ、おいしい!」
「そうかそうかぁ」
三人とも怪訝な顔から笑顔になっていた。
いいぞいいぞ。
この様子を見ていた他の犬たちも温泉まんじゅうを気にし始めている。
「おじさん、わたしにもちょうだい」
「おらも!」
あっという間に人だかりだ。
……こりゃあ、あたしの分はないな。
一個食ったしいいか。
【糖分禁止令】
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