第四百十八話 『恋人のフリ』騒動
テリィの話に、オヅマは眉を寄せた。
妙にザラリとした嫌な感覚が肌をなめる。
「皇太子殿下だって? そんな話、アドルから聞いたことないぞ」
「馬鹿者、当たり前だ。
「いちいち言い触らすかよ、そのくらいのこと」
「そのくらい、とはなんだ? そのくらいとは! そういう不敬な態度が問題だというんだ、この大馬鹿者っ!」
馬鹿者に始まり馬鹿者で終わり……それでも誰からも援護されず、オヅマはふぅとまた溜息をつくと、肩を落として力なくタルトを
そこへ扉が開き、サビエルが入ってきた。「皆様にお手紙ですよ」と、トレイに乗せた手紙をそれぞれに配っていく。
レーゲンブルトに来てから、月に一度は近侍ら宛てにそれぞれの実家から手紙が届いた。さっきまで怒っていたマティアスも頬を緩ませ、テリィはすぐさま小包みを開いて、中に入っていた顔料をオリヴェルに見せる。
最後にサビエルから手紙をもらったエーリクは、サビエルに意味深な視線を送ってから、まだトレイに乗っていた手紙をチラと盗み見た。書かれてあった名前にホッとしたように息をついて、すぐに自分宛の手紙を開封し始める。
サビエルは首をかしげたが、エーリクが何も言わないので、軽く辞儀をして再び扉へと向かった。
だが出て行く直前に、オヅマに呼び止められる。
「ちょっと待った」
「え?」
サビエルが振り返ったときには、既にオヅマはそばまで来ていて、サッとトレイの上の手紙をとった。
「えっ? あの……」
サビエルが止める間もなく、オヅマは封筒の宛名と差出人を確認する。
「……サビエルさん宛てか。ゾルターン……って、知り合い?」
「えぇ、まぁ……帝都で仲良くなった人です」
「ふぅん……そう」
オヅマがトレイに手紙を戻すと、マリーが厳しくたしなめた。
「ちょっと、お兄ちゃん! 人の手紙なのに、なにを勝手に見てるのよ!」
「中身は見てないだろ。アドル宛てかと思ったんだよ」
「アドル宛てであったとしても、お兄ちゃんがどうして見るのよ! そういうところよ、お兄ちゃんの困ったところ。まったくデリカシーってものがなさすぎなのよ。アドルは繊細なのに……。恋人のフリをするくらいなんだったら、もうちょっと相手のことをわかってあげなさいよ!」
「…………は?」
その場にいた全員が止まった。
奇妙な沈黙がしばし続いたあとに、真っ先に声を上げたのは当然ながらオヅマだった。
「オイッ! なんだ、それ。なんだ、その恐ろしい想像!」
「想像じゃないでしょ。近侍の人は、皆そうなんでしょ? アドルと恋人のフリをしないといけないんでしょ?」
マリーが平然と言うと、その場にいた近侍らは全員しばし言葉を失った。
「マリー、それ前にトーマス先生が
ティアが説明しようとするのを遮って、テリィが泣きそうな声で叫ぶ。
「ええぇッ!? なにそれ? 僕、知らないよ、そんなの。聞いてない! まさか……あの、昔は近侍がそういう相手も勤めてたとかいう……そういうやつ? いや、昔の話でしょ? そういうことがあったっていう……そういう昔の話でしょ? 僕、無理。無理、無理ッ。無理だからッ」
真っ赤になって、あわてふためくテリィに、カーリンがややあきれた様子でなだめた。
「落ち着いて下さい、テリィ。あなたは多分、大丈夫です」
「なんだよ、それ! なんかビミョーに失礼ッ!」
「そういう相手って、なんだッ! どういう意味だよッ?」
「近侍が……恋人の、フリ……」
一気に騒然となった雰囲気の中、響いたのはマティアスの一喝だった。
「やぁかましーいッ!!!!」
ピタと、騒いでいた面々が動きを止める。
それぞれが静かに聞く態勢になったのを確認してから、マティアスはマリーの前に立つと、鹿爪らしい顔で問いかけた。
「マリー嬢、オヅマと小公爵様の仲が良いのは認めますが『恋人』という認識は、誤っておられませんか?」
「『恋人』じゃないわ。『恋人のフリ』よ。でも『嘘から出たホント』になっちゃうって言ってたから、やっぱりお兄ちゃんとアドルは『恋人』になっちゃうのかしら?」
「お前、やめろよ。本当に。想像しただけでも、鳥肌が立つ」
心底ゾッとしたように抗議するオヅマを、マティアスは厳しく見据えて制し、コホリと咳払いして再び尋ねた。
「マリー嬢。私の認識においては、確かに昔は、
「それは知ってるわ。アドルも違うって言ってたし」
マリーがあっさりと認めると、オヅマがまたわめき出す。
「違う、って言ってんじゃねーか!」
「でも痴話ケンカしてるじゃない」
「なんなんだよ、痴話ゲンカって!?」
「お前達兄妹は……ちょっとは、人の話を聞けーいッ!!」
なんだかんだと賑やかしい子供達を、サビエルはしばし呆気にとられて見ていたが、マティアスが上手に説明してくれるであろうと思われる頃合いで、そっと部屋から出た。
こうしてちょっとした騒動に巻き込まれた後に、サビエルはようやくアドリアンにその人からの手紙を渡したのだった。
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