第四百十七話 見知らぬ友人

「もぅ~、結局仲直りしてないじゃないの~」


 あきれたように腕を組むマリーの前で、オヅマはガックリ項垂うなだれていた。

 あの後、オヅマは呆然としたまま、それでも一応アドリアンが散らかしていった資料を片付けたりしていたのだが、そこにマリーがやってきたのだった。


「お兄ちゃん。デーツのタルトが焼けたけど、そろそろ休憩しない?」


 しかしそれこそ勉強などおっ放り出して、躍り上がってやって来ると思っていた兄は、耳に入っていないかのように、トントンと束になった書類を整えている。はぁ、と珍しくしょんぼり溜息なんてついて。

 マリーはすぐにピンときた。

 無理やり兄を引っ張って、すっかり子供らの溜まり場となっている応接室に連れて行き、


「なにがあったか白状しなさい!」


と、問答無用でただしてみれば……案の定、またアドリアンを怒らせたらしい。


「お前、いったい何を言ったんだ? あの小公爵様を怒らせるなんて」


 日頃から、数々のオヅマの無礼に寛容なアドリアンが怒るなんてことは余程である。マティアスとしては、ここらで一度、しっかり反省を促したかった。

 オヅマは切り分けられたタルトを一口食べてから、はぁ……と何度目かの溜息のあとに話し出した。


「俺だって何に怒ってたのかはわかんねぇよ。ただ、ちょっと気になって……」

「気になる?」

「あいつが友達がいるとか言うから、誰かって聞いたんだよ。そうしたら教えてくんねーし、なんかやたら隠そうとするから、腹立ってきて……」


 友達、と聞いてマティアスも首をひねった。すぐにそれらしい人物が思い浮かばない。


「誰だろう? 僕らのことじゃないよね?」


 テリィがタルトを頬張りながら言うと、隣に座っているオリヴェルも頷いた。


「まぁ、僕らなら隠す必要もないしね」

「アールリンデンで仲良くなった……青月団の子でしょうか? レオシュとか」


 ティアがかろうじて思いついて言ったものの、オヅマは即座に否定した。


「いや、あいつらじゃないだろ。なんか俺と癖が同じ奴らしくて……それに『素晴らしい人だ!』とか言ってたんだぜ。いや、あいつらもいい奴だけど、アドルがあいつらのことを『素晴らしい人』なんて言い方するか?」

「それは……あまり適当じゃありませんね」


 カーリンも同意して、首をかしげる。


 その場において、沈黙しているのはエーリクだけであった。

 だが日頃から彼が無口であるのは、ここにいる全員の知るところであったので、誰も奇異に思わない。その無表情に見える顔が、実は必死に唇を噛みしめ固めたものだと気付く者もいなかった。


 アドリアンの言う友達が、帝都で会った大公ランヴァルトであろうことは間違いない。『素晴らしい人』とアドリアンが心酔するほどの人物。しかも最後に会った日には「友として認めて頂いたんだ」と、嬉しそうに話していた。

 ランヴァルトのことは、公爵家と大公家の過去の因縁もあって隠すように言われている。知っているのはサビエルとエーリクだけで、皆が頭を悩ますのは無理なかった。


「それで、教えろ教えろってしつこく言って怒らしちゃったの?」


 マリーがあきれたように尋ねると、オヅマはうっと詰まって下を向く。

 気まずそうな兄を、マリーはジロリと睨みつけた。


「な・に・を、言ったのよ? お兄ちゃん」

「……だから、めずらしいじゃんか。アドルに友達がいる……とか」

「な・ん・て、言ったの? お兄ちゃん?」


 ゆっくりと兄を詰問するマリーには、小さいながらも凄味があった。全員の視線が集中する中で、ぼそぼそとオヅマが小さい声で白状する。


「……お前に、俺ら以外に友達なんかいるわけねーだろ……的、な?」


 マリーは唖然と口を開き、ティアとカーリンは「まぁ……」とかすかに声をあげ、テリィは処置なしとばかりに首を振り、オリヴェルはあきれ顔で、いつも言い過ぎてしまう兄に嘆息した。


「馬鹿か、お前は! 小公爵様にだって、貴族令息のお知り合いくらい、いるに決まっておるだろうが!」


 しっかりと雷を落としたのはマティアスだった。

 日頃口うるさいマティアスを、少しばかり苦手に思っていたマリーですらも、このときばかりは兄をかばう気持ちは起きなかった。

 全員からの白い目に、オヅマはますます身を縮めて小さく弁解する。


「だって……聞いたことないし、さ」

「上位貴族の方々であれば、そうおいそれと話せるわけでもない。繋がりがあることだけで、他から牽制されることもあるのだからな。そうだ! そもそも貴族令息などよりも、もっとかみ方々かたがた(*皇家こうけなど尊貴なる人々のこと)であられるやもしれぬ」


 マティアスは自らの閃きに同意を求めるかのように、エーリクに顔を向けた。エーリクはギクリとしたが、ちょうどお茶を飲んでいるところであったので、強張った顔に気付いた者はいない。


「エーリク! そういえば頻繁に皇宮こうぐうからお召しがあったな? 皇太子殿下に呼ばれていると」


 帝都でランヴァルトに会ってから、アドリアンは度々『七色なないろ蜥蜴とかげの巣』を訪れたが、その頻繁な外出をごまかすために、テリィやマティアスには皇宮に行っているのだと嘘をついていた。皇宮の検閲は厳しく、従者を変えると、その度に詳細な検査が行われる。煩雑はんざつさをなくすため、最初に一緒に行ったエーリクとサビエルのみを連れて行くと、アドリアンが説得したのだった。


 エーリクはゴクリとお茶を飲み下してから、「あぁ」と短く頷いた。

 マティアスがしたり顔で、うんうんと頷く。


「そうだ、そうだ。そうだった。確か、帝都をつ前日には、わざわざお忍びでいらしたほどだ。お帰りの際には、我らにまでも気安く声をかけて、ねぎらってくださった。誠にでいらっしゃる!」


 テリィも追随するように言った。


「そういえば、皇宮のあの園遊会。ほら、大公殿下の ――」


(そのときエーリクはまたギクリと顔が強張ったが、タルトを無理矢理食べてごまかした。)


「息子のシモン公子がキャレをいじめていたじゃないか。あの時も仲裁に入ってくださって、そのあとにはしばらくお二人で、随分と長い間話されていたよね。それに幼い頃から皇太子殿下とはよく会われていたと、前に小公爵様も仰言おっしゃっていたよ。よっぽど僕らなんかより、仲はおよろしいのかもしれない」

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