第四百十一話 狼狐の血
「よりによって……
狼狐 ―― 別名
効率的な狩りによって、図鑑上最も巨大とされるヴェッデンボリ
今も、オヅマらを囲んで威嚇している。最初の一匹が飛びかかってくるや否や、息つく暇もなく襲いかかってくるのだろう。
「なんでコイツらがこんなとこに……」
オヅマはつぶやきながら、既に脳内では答えを出していた。
数日前に騎士団に対して、狼狩りの要請がきていた。今年はヴェッデンボリ周辺に狼の数が多く、家畜類への被害も例年の二倍となっている。
どうやら優れた個体が首領についたらしい。そうした個体がいると狩りも上手く、群れとして安定するため、繁殖も盛んになる。そうしてより集団として強力なものになっていく。
おそらく狼が増えたために、この厄介な狐どもは縄張りを追われて山を下ってきたのだろう。
オヅマは剣を構えて、ギリと奥歯を噛みしめた。
面倒であった。なにが面倒といって、数が多いことでも、相手がしつこいということでもない。
一番面倒なのは、この狼狐が毒を持っているということだ。
噛まれるだけでも厄介だというのに、狼狐の温かい鮮血は毒なのだ。
水に流すか、乾けば問題ないのだが、鮮血を浴びると肌に湿潤していくほどに痛みが増し、喉が腫れ上がって、高熱が出る。目にでも入れば、下手をすれば失明。体の弱い人間だと、腫れた喉が気道を圧迫し、呼吸困難になってそのまま死亡することも有り得た。
この辺りの狼や
オヅマはすぅぅと息を吸った。
ゾワリとうなじに異質な感覚がそそり立つ。
ザアァァーと耳の奥から聞こえる奇妙な音は、周辺の音を拾いながらも遮断する。
オヅマを異次元へと引き上げるために。
一匹が襲いかかってくると同時に、オヅマも跳躍した。
あえて剣で斬らずに、大きく開いた腹をドスリと蹴りつける。ギャオンッ! と悲鳴を上げて、狐が冬枯れの木の幹に打ちつけられた。
オヅマはそのまま狐の群れに向かって走り出した。
少しでもアドリアンとテリィのいる場所から離れねばならない。狼狐らを斬っていくのは問題なくとも、血が飛べば二人が危ない。
一匹目の攻撃を
オヅマは十分にアドリアンらと距離があることを確認すると、剣をふるって狐らを斬っていった。
ルミアの修行のあと、自主訓練以外にも、レーゲンブルトに戻ってからは、ヴァルナルとカールに相手してもらって『
前にヴァルナルが言っていたカールの千本突きも、さすがに蝶が舞うように……とまではいかずとも、普段の剣撃訓練と同程度には相手できるようになっている。
なによりヴァルナルのつきっきりの指導により、よりスムーズに『澄眼』を発動できるようになっていた。
集中をより早く行い、相手にも
それは簡単なようでいて難しい。
自分の意識はもちろん自分の肉体も自在に扱えるように、より精緻で、より端整な感覚が必要とされる。指の先、爪の先までに自らを
それでこそ『すべての感覚がひらくのだ』と、ヴァルナルは言っていた。
狼狐は大きい分、やはり敏捷性においては、
どうやらいっぺんに仲間がやられることを恐れてか、狼狐たちは三匹以上が一度に攻撃してくることはなかった。しかも数が減ってくるに従って、一度に攻撃してくる個体数は減っていく。
今や指で数える以下にまでなって、一匹ずつが向かってくるが、こうなると『澄眼』を発動しないまでも、十分に戦える。
一匹を殺してから、すぐさま背後から荒々しい息が聞こえてくる。
振り返ったと同時に、狼狐が上から襲いかかってきた。
普通の人間であれば、それで目が潰れてまともに相手などできないはずだったが、オヅマは平気だった。ただ吐く息が、なんだか濁っているような、熱くて苦いような気はしたが。
空はいまや完全なる雪雲に覆われ、北からの冷たい風と雪が吹きつけてくる。
肌へと張りついた雪は、ジュワッと蒸発した。
熱が上がってきているようだ。
「……っとに、
軽口を叩きながら、オヅマはまた一匹、向かってきた狐を斬り捨てた。
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