第三百八十五話 オヅマへの土産
「なんだか……随分と嫌味に磨きがかかってる気がするけど、君、修行って弁論術か何かの修行だったのか?」
「ハァ? なんでだよ! ちゃんと『
「ふぅん。楽しみなことだね。で、僕にもそれ、教えてくれるんだよね?」
「えっ?」
「手紙で書いてたじゃないか」
「えー? そんなこと書いたか、俺? うーん、そうだなぁ。まぁ、気が向いたら」
アドリアンはその手紙を何度も読み返して、待ちわびていたというのに、書いた当人の適当な言葉に、とうとう怒り出した。
「なんだよ、それ! 嘘つき!!」
「だって面倒くせーんだもん。俺、人に教えるとか、わかんねーし」
あっさりと開き直るオヅマに、アドリアンの怒りはますます増幅する。
やっぱり思った通りだ。
この数ヶ月の間、オヅマは修行と言いつつも、近侍という役目から解放されてのんびり過ごしていたのだろう。しかもこっちに帰ってきてからは、ルーカスからの指示があったとはいえ、レーゲンブルトに戻り、マリーやオリヴェルらにも久しぶりに会って、思う存分、遊んでいたに違いない。
「まったく! 君らは親子揃って!! ヴァルナルだって教えてくれるって言ってたのに、結局、忙しいからって、最近じゃ剣の稽古だってカール卿に任せてるし!」
「いいじゃねぇか。カールさんだって、剣の腕は超一流だぜ。まぁ……ヴァルナル様の次くらいだとは思うけど。ルーカスのオッサンよかは上だろ」
「そういう問題じゃない!」
帝都でのおとなしい小公爵様が帰ってくるなり怒り狂うさまを見て、部屋の隅に控えていた従僕のサビエルは、軽く額を押さえた。
こんな姿、大公殿下がご覧になられたら、さぞびっくりなさるだろう……。
「小公爵様、そういえばオヅマ公子への
取っ組み合いのケンカになる前に、サビエルが声をかけたのは、その『土産』を見れば、アドリアンが我に返るであろうと思ったからだった。案の定、サビエルの言葉で思い出したのか、アドリアンはハッとなると、少し決まり悪そうに小さな声で言った。
「そう……一応、土産を買ってきたんだ」
「へ? 誰に?」
「君以外、誰がいるんだよ!」
「俺? 俺なんかに土産?」
オヅマがびっくりして聞き返すと、マティアスがコホリと咳払いする。
「そうだぞ。まったく、お前が厳しい修行をして頑張っているだろうと、小公爵様自ら店に出向かれて、わざわざお選びになられたんだぞ!」
何も知らないマティアスの言葉に、アドリアンはますます気まずくなったが、とりあえずサビエルが持って来てくれた箱を手渡す。
オヅマは高級そうな箱に目を白黒させながらも、きれいに結ばれたリボンも容赦なく小刀で切って、箱を開けた。中に入っている服を無造作に取り出して、首をひねる。
「うん?……なんだ、これ?」
思っていたよりも鈍い反応に、アドリアンはやや不安になりつつも説明した。
「服だよ。上着。これからの季節だと、
「服ゥ? なんだってそんなもん……俺、この制服で十分だぜ」
「いや……ま、それは……最初の意図したところから、だいぶ外れてしまったというか」
アドリアンはごにょごにょと曖昧に言い訳した。
元々は、ズァーデンでのんびり過ごしていそうなオヅマへのちょっとした嫌がらせとして、当人が嫌いそうな派手な衣装を買うつもりだった……なんて言えるわけもない。
「なんかよくわかんねーけど」
オヅマは上着をヒラリと着てから、その着心地の良さに、へぇと感心した。
「ピタッとしてんのに動きやすいな。これだったら剣を振るのもラクそうだ。柄もなんかデカくて格好いいし。いい仕事してんじゃねぇか」
その場でクルリと回ってから、腰に手を当てて、どうだと言わんばかりにポーズを決める。貴族子弟としては無作法なその態度にマティアスは渋面だったが、テリィは意外そうに手を叩いて褒めた。
「いいじゃないか。似合ってるよ、オヅマ。僕が見たときには、ちょっとばかり柄が大きくて下品にも見えたんだけど、オヅマが着ると案外と似合うもんだね」
「……なんかビミョーに失礼な感じなこと言うね、テリィ坊ちゃん」
「えっ? そう? 褒めてるよ」
「まぁ……うん。アンタはそういう人だ」
早々にテリィへの説明をあきらめるオヅマに、アドリアンはフッと笑った。
「良かった。気に入ってくれたみたいで」
すぐにランヴァルトに次の手紙で知らせよう。とてもオヅマに似合っていて、当人も喜んでくれた、と。きっと嬉しく思ってくれるだろう……。
「お前が選んだのか?」
何気なくオヅマが尋ねてくる。アドリアンは「違うよ」と言いかけて止まった。一瞬、自分でも理解できない冷たい感情がはしる。
ごまかすように、アドリアンはオヅマに反対に尋ねた。
「なんで、そんなこと聞くのさ?」
強張った顔のまま言ってしまったせいか、気分を害したように聞こえたようだ。オヅマが首をかしげるのを見て、アドリアンは無理矢理に笑った。
「そんなの……当然だろ。僕が買ったんだから、僕が選んだに決まってるさ」
「ふぅん。いや、なんかお前が選ばなさそうな感じがしてさ。こういう、なんか斬新な柄。どっちかつーと、お前が選ぶとしたら、わりとありきたりの、無難なもの選びそうだから」
「うるさいな。僕だって、君に合わせたものくらい選別できるさ」
アドリアンがムッとなって言うと、オヅマはハハッと屈託なく笑った。
「ワリぃ、ワリぃ。いやいや、小公爵様は大層、ご趣味がよろしくていらっしゃいますよ~」
「まったく。
わざと怒ったようにアドリアンが言うと、それまで苦虫を噛み潰したようにオヅマらの会話を聞いていたマティアスが、待ってましたとばかりに頷いた。
「その通りです、小公爵様。まったく、素直に礼も言えないのか、お前は」
「そうだよ、オヅマ。小公爵様は君のために何軒も回ったんだからね」
そう言うテリィは、自分と回った店のことしか念頭になかった。いつの間にアドリアンがそんな服を、どの店で見つけたのかはまったく知らなかったが、とくに気にもしなかった。その服は自分の好みではなかったから。
オヅマはフンと笑ってから、おどけてみせる。
「勿論、有難く頂戴致しますですよ、小公爵様。折角ですから、今日の晩餐にはこれを着ていくことに致しましょ~う」
「…………」
アドリアンは黙然としてオヅマを睨みつけながら、どこか落ち着かなかった。
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