第三百八十四話 人見知りする兄
「貴様は一体なにを考えているんだッ!」
小公爵の住まいである
やや懐かしさを感じつつも、やっぱりうるさい。
オヅマは耳をほじりながら「なーにが?」と一応相手してやる。
「よりによってサラ=クリスティア……公女を勝手に連れ出して、自分の家に連れて行くなんて! 貴様には小公爵様の近侍という自覚がないのかッ!?」
「なにが? ティアはアドル……小公爵様の妹なんだから、困ってたら手助けして当然だろ」
「この馬鹿!! 公女の母が小公爵様に何をしたのかわかっているのかッ」
「なんで母親のしたことで、ティアが責められないといけないんだよ。アドルがあの女に殺されかけたとしても、そのとき、ティアはまだ生まれてもいないんだぞ? どうやって母親を止められるってんだ」
マティアスは被害者であるアドリアンの前で、その事件について話すオヅマの無神経さに唖然となったが、その上、なんらの反省もないとあっては怒り心頭、ギリギリと歯噛みして睨みつけた。
「貴様ァァ……よくもペラペラと小公爵様の前でその話を……」
「お前が誘い水を向けてくるからだろ」
オヅマはピシャリと言ってから、すぐにアドリアンに向き直って問いかけた。
「お前は? アドル。ティアのこと、どう思ってる?」
「僕は……」
アドリアンはすぐに言葉が出なかった。
オヅマの言う通り、アドリアンはティアの母親に襲われたが、正直なところ、あまりにも小さい頃のことで記憶もおぼろげであり、自分を殺そうとした人、という以上の感想を持っていない。そもそも本気でアドリアンを殺したい人物は他にいる。彼女の凶行もまた、彼らの差し金であるのは明白だ。
それでもいい気持ちはしない。
そのときアドリアンをかばって死んだ執事は、その後亡くなったアドリアンの乳母同様に、この公爵邸において幼いアドリアンに優しくしてくれた人だった。彼らがいなくなったあと、アドリアンにとって公爵邸は冷たい場所に変わっていった。
「とくに……なにも……」
それが正しい答えだとは思えなかったが、アドリアンにそれ以外の言葉は浮かばなかった。
話にだけ聞いていた妹。
今日、初めて会って「お兄様」と呼ばれても、違和感しかない。
オヅマはそんなアドリアンをじっと見てから、ピチン! と指でおでこを
痛ッ! とアドリアンが
「貴様ッ! 小公爵様に対して何という無礼をッ」
「大丈夫だよ、マティ」
アドリアンは激昂するマティアスをなだめてから、オヅマを恨みがましく見つめて叫んだ。
「痛いだろ!」
「うるせぇ。妹相手に人見知りしてんじゃねぇよ」
すぐに言い返された言葉に、アドリアンはぐっと詰まった。
「人見知りって……だって、いきなり妹とか言われても」
「それはティアだって一緒だよ。それでもマリーに言われて『アドリアン小公爵様』なんてかしこまった言い方から、一生懸命『お兄様』まで譲歩したんだからな。妹の方から勇気だして歩み寄ってくれてるってのに、兄のほうが逃げる気か?」
「…………」
途端に、さっき自分に対して小さな声で謝ってきたティアのことを思い出し、アドリアンはうつむいた。
オヅマは振り返り、マティアスにも問いかける。
「お前もティアを、ただ罪人の娘だからって、アドル……小公爵様から遠ざけるのか?」
「それは……!」
「マティ。お前が母親の話を聞いて、ある程度、ティアを色眼鏡で見るのは仕方ない。でも、お前自身の目で見て、どうだ? ティアが小公爵様を害するような、そんな悪いやつに見えるか?」
真面目な顔で言われると、マティアスもまたうつむくしかない。
緊張をはらんだ空気の中で、のんびり言ったのはテリィだった。
「そんなに警戒することもないんじゃないかな、マティ。あんなに小さくて可愛らしい子なんだしさ。もうちょっとやさしくしてあげようよ」
「おっ! めずらしくいいこと言うじゃないですか、チャリステリオ坊ちゃん」
オヅマはニッと笑うと、パンとテリィの背を叩く。テリィは顔をしかめつつも、満更でもなさそうに肩をすくめた。それまで黙っていたエーリクも続く。
「それに、公女様の侍女はカーリンです。彼女が側についているならば、小公爵様についても、きっとうまく取りなしてくれるはずです」
カーリンの名前が出た途端に、テリィはパンと手を打った。
「あっ、そうそう! カーリン嬢だよ、カーリン嬢。びっくりだよねぇ。キャレそっくりじゃないか。どうせなら一緒に揃ったところを見たかったなぁ。まったく、キャレも難儀なことだよ。病気の母親かかえて、
カーリンが帝都より去ったのち、テリィにはキャレが母親を連れてファルミナを飛び出したことだけ伝えている。無論、一緒に暮らしていたのが、キャレになりすましたカーリンであることなど、一切知らない。
オヅマはその詳細について、一応ここに来るまでの間にヴァルナルから聞いていたので、まったく疑いもしないテリィに内心あきれたが、ひとまず話を再びティアのことに戻した。
「ま、いきなりが無理ってのはわかるさ。でも、ティアもここに来るのは、相当に勇気がいったんだぜ。母親がお前にしたことも含めて、合わす顔がないってことは十分に承知の上で、それでも逃げずに来たんだから。そこんとこは、お含み置きくださいよ、小公爵様」
最後の一言が皮肉っぽくて、アドリアンはジトッとオヅマを睨んだ。
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