第三百話 ホボポ雑貨店(1)

 ようやくホボポ雑貨店に着いたが、オヅマはその貧相で小さな店に衝撃を受けた。 

 でのホボポ雑貨店は、そもそもこんな外れた場所ではなく、アールリンデンの中心部の一等地に、立派な店を構えていたのだ。

 の通りであるならば、あと数年もすれば、大当たりするような何かが売れて、店が大きくなるのだろうか? 今、見る限りにおいてはとてもそうは思えないが。


「相変わらず汚ねー店」


 エラルドジェイはあきれたように言いながら、ククッと笑う。店のドアを開けようかと手を伸ばしたときに、急に開いた。


「ホラァ、とっとと出た出た。ウチで買うようなモンはェ!」


 太くて低いしわがれ声に怒鳴られながら、大きな荷物を背負った男が扉から転がるように出てくる。エラルドジェイと同じような西方民族衣装ドリュ=アーズを着ていた。


「おぉっと…」


 エラルドジェイがコケそうになった男を支えると、男は顔を上げるなり叫んだ。


「エッジュエイ!!」


 エラルドジェイも、よく日に焼けた褐色の肌に、プリッとした肉厚の唇が特徴的な男の顔を見るなり、すぐに名を呼んだ。


「サーサーラーアン!」

「オォゥ!」


 二人の男は懐かしげに肩を叩きあった。

 その場にいてポカンと成り行きを見ていたオヅマは、男を追い出そうとしていた店主・ラオと目が合い、その姿を見た途端に噴き出しかけた。あわてて後ろを向いて肩を震わせる。

 で見ていたラオは、見事な禿頭で、長年大事に手入れしていた髪をばっさり切ったときに、寂しくなった頭に幾何学模様の入れ墨を入れていた。しかし今、目の前にいるラオは、まだわずかに残った髪の毛に未練があるのか、頭頂部からわずかに生えている一束をきれいに三つ編みにして、ぺったりと頭に貼り付けていたのだ。しかもそれが額のあたりでくるんとなっていて、要はものすごくヘンだった。


「おい…小僧。お前、笑ってるな?」


 ラオがしわがれ声で剣呑に言ってくる。オヅマは深く息を吐いてから、顔を引き締めて振り返った。


「いや。笑ってない」

「嘘つけ! 笑ってたろうがーッ!!」


 カブのような形のラオの顔は、真っ赤になって赤カブになる。オヅマはこらえきれず噴いてしまい、見ていたエラルドジェイがまぁまぁとなだめた。 


「仕方ないだろ。普通、初見しょけんは笑うって。だから巻布ターバンするか、帽子でも被ってろ…っていうのにさ」

「うるせぇ! だいたい、お前なんだ? いきなり人の店の前で、大声上げやがって!」

「アンタが最初に大声上げてたんだろ。ま、いいや。入ろう入ろう。ホラ、入った入った」


 エラルドジェイは言いながら無理やりラオを店の中へと押し入れる。振り返ってオヅマと、さっき再会したらしい男にも声をかけて促した。


 店の中に入ると、小さくみすぼらしい店構えに相反して、店内は小綺麗に片付けられていた。売っているものも整理して陳列されており、わかりやすい配置になっている。

 オヅマはなんとなく懐かしかった。

 ラオは店内・倉庫にある品物の、置かれている場所、個数まで正確に把握しており、買いに行けばたちどころに品物を出してきた。もしないものがあると「沽券に関わる」らしく、何が何でも手に入れてくれる。

 オヅマがキョロキョロと店内を見回している間に、ラオはプカプカとパイプを吹かせながら、エラルドジェイに文句を言っていた。


「なんだ、なんだ。まったく、お前の知り合いだったのか?」

「あぁ。サーサーラーアンって言うんだ。ホラ、何年前だっけかな、アレ。ファル=シボの森で山賊どもにしつこく追い回されてさぁ、ボロボロになったって話、前にしたろ? あン時に、このオッサンが助けてくれたのさ」


 オヅマはその話を聞きながら、ハッと息を呑んだ。

 ファル=シボの森は、前夜に野宿した『狼のほら』や『ならずものの泉』があった場所だ。そしての中で、オヅマとエラルドジェイが出会った場所でもある。

 確かあのとき、エラルドジェイは怪我をしていた。徒党を組んだ山賊達に追い回され、さすがに数が多すぎて相手しきれず、どうにか逃げていた途中でへたばってしまい、そこをオヅマとマリーが助けたのだ。

 で見た一連の光景に、ひびが入る。

 オヅマは強張った顔で、エラルドジェイの話を聞いていた。


「売り物の薬まで使ってさぁ、助けてもらったんだ。ホントはあのときにアンタに紹介しようと思ってたんだけど、いなかったから、教えておいたんだよ。アールリンデンにいるラオって親爺に頼んだら、大概のものは引き取ってくれるって」

「適当なこと言うな! こんなピラッピラの黄ばんだ布、誰が引き取るか!」

「そう言うなよ~。俺もサーサーラーアンには恩があるしさー。助けてくれて帝都に向かうまでも、なんだかんだと宿の金も貸してもらったままでさー。あ! サーサーラーアン。金! 金返すよ。俺、今わりと金持ちだからさ!」


 エラルドジェイは小袋を取り出し金を出そうとしたが、サーサーラーアンは血管の浮き出た、かさかさの手で制止した。


「不要、不要ネ。エッジュエイ。俺モ、エッジュエイが助ケルくれた。お互イさま、ネ」

「なんだよ、もう…。相変わらず下手くそだな、こっちの言葉」


 エラルドジェイは少しきまり悪そうにしながらも、小袋を元に戻す。

 それからラオに目を向けた。

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