第二百九十九話 ヤミとエラルドジェイ

 オヅマはその言葉にエラルドジェイに向き直った。ヤミと相反して、エラルドジェイは不機嫌極まりない仏頂面だ。


「おい、ジェイ…知り合いなのか?」


 尋ねると、エラルドジェイは反対に尋ね返してくる。


「なんで、お前が知ってんだ?」

「なんでって、この人はグレヴィリウス騎士団の騎士だぞ」

「はぁ? コイツが騎士? グレヴィリウスの?」


 大声でエラルドジェイは非難するように喚いてから、額を押さえた。


「グレヴィリウスも血迷ったんじゃないのか? なんでこんなのを騎士になんて…」

「失礼だぞ、フィリー。公爵家で勤める者が二人もいる前で、しかもこのアールリンデンで、よくもそのようなことが言えたものだな」

「ヘッ! お前こそ、よくもそんな御託が並べられるな! せいぜいそのお綺麗な顔で騙くらかしたんだろうが、どうせそのうちボロが出やがるさ!」


 オヅマは急遽始まった喧嘩(?)に、目を白黒させながら、二人の会話に割って入った。


「ちょっと待ってくれ。えーと、知り合い? なんだよな?」


 ヤミは頷き、エラルドジェイはギリギリ歯ぎしりしながら否定も肯定もしない。とりあえず肯定と捉えて、オヅマはエラルドジェイに尋ねた。


「フィリーって? ジェイ以外に名前があるのか?」

「通り名ですよ、いくつかあるうちの」


 エラルドジェイが答えるより先に、ヤミが答える。


「うるせぇ! 余計なこと言うな」

「聞かれたから答えただけだ。それにしても ――― 」


 ヤミは一旦、言葉を切ってオヅマとエラルドジェイをそれぞれ見つめた。


「まさかお前が、オヅマ公子と知り合いというのは……興味深いな」

「あぁ。俺が怪我しているジェイを助けたんだ。ヤミ卿とジェイは?」


 オヅマはすぐに話題を入れ替えた。

 以前、エラルドジェイと公爵家の諜報組織について話していたとき、思い浮かんだのはヤミだった。今も、背後に立たれても気付かなかった。彼がもし本当に公爵直属の諜報員ならば、今オヅマに声をかけてきたのも何か意図があるのかもしれない。

 ヤミはさらりと答えるオヅマにやや鼻白んだ顔になったが、すぐに元のうっすらとした笑みを浮かべた。


「元々は、奴隷仲間…といったところです」

「奴隷仲間?」

「えぇ。同じ奴隷商人のもとにいて、それぞれ別の場所に売られました。私は一時期、白の館におりまして、偶然にこの男がやって来て、仕事を手伝って欲しいと言うもんですから……」

「白の…館?」


 オヅマが眉を寄せて聞き返すと、ヤミはクスリと笑った。


「オヅマ公子はまだまだご存知ないでしょうが、世の中には様々な店がございます。女を買う店を赤の館というのに対して、男を買う店は白の館と…」


 オヅマの顔が歪み、軽く唇を噛む。おおよその予想はしていたものの、瞬間的な嫌悪感はどうしようもなかった。


「黙れ! 子供になに言ってんだ、お前は」


 エラルドジェイが怒って言うと、ヤミは目を細めて笑った。


「そうやって隠し立てするほどに、妙に怪しまれるものだろうに…」

「仕事だろ?」


 いかにも訳ありげな雰囲気を作ろうとするヤミに、オヅマは冷たく切り込んだ。


「ジェイは仕事でそこに来て、あんたも一時期いたってことは、お互い様だったんじゃないのか?」


 オヅマの問いに、ヤミは笑みを浮かべたまま、軽く首を傾げる。いかにも昔、妓楼にいたと思わせるなまめかしい仕草だった。


「お互い様?」

「店のとはまったく違った用件で、そこに潜り込んでいたんじゃないのか?」


 ヤミは笑顔をスッと消して、エラルドジェイを冷たく睨んだ。


「私のことを話したのか?」

「俺がお前のことなんか話すか。だいたい、お前がコイツと知り合いなんて、今さっき知ったんだぞ」


 エラルドジェイが吐き捨てるように言うと、ヤミは急に白けたように鼻を鳴らした。


「ふん。まぁいい。私はこれで失礼する。あぁ、オヅマ公子。先程はなかなかに痛快でしたよ。ですが、尻尾をいくら切ったところで同じ。小公爵様に着せられた汚名を返上なさるのでしたら、口先だけでなく、何かしら行動で示すべきでしょう」

「…ヤミ卿からの忠告であれば、素直に聞くことにしましょう」


 オヅマがすると、ヤミの顔は微かに苛立ちを帯びた。だが結局何も言うことなくヤミが去っていくと、エラルドジェイが長い吐息をついた。


「やれやれ。とんだ奴と鉢合わせちまった」

「ヤミ卿がグレヴィリウス公爵家の騎士だって、知らなかったのか?」

「知るわけあるか。野郎と会うなんざ、あの時以来だってのに。まったく…よくもあんなのを騎士なんかにしたな。グレヴィリウスって大馬鹿なのか」

「単純な騎士じゃなさそうだけどな」


 ヤミの消えた通りの角を見ながら、オヅマはポツリとつぶやく。エラルドジェイが怪訝そうに首を少し傾げた。


「前にあんたが教えてくれたろ? 公爵家の諜報組織の話」


 以前、稽古中にエラルドジェイが言っていたことだった。

 グレヴィリウスのような大貴族であれば、私的な隠密組織を抱えているだろう…と。そのときに諜報員のを教えてもらい、オヅマはヤミが組織の一員であろうと目星をつけていたのだが、どうやら先程の反応を見るに、当たっていたようだ。

 それはエラルドジェイの態度からも肯定された。


「あぁーあ。うん。まぁ、それは…そうだろうな」

「白の館で会ったのも、お互いにそういう状況だろ?」

「……まぁな」


 エラルドジェイは素っ気なく言ってから、歩き出したが、急にクルリと振り返った。


「おい、お前。あんまりアイツと仲良くなるなよ」

「は?」

「アイツはなぁ…アイツは、性格が良くない! というか変態だ。だから相手すんな」

「……どういう知り合いなんだよ、あんたら」


 オヅマは訳が分からなかった。どうもエラルドジェイとヤミの間には、元奴隷仲間という以外の繋がりがあるようだ。それにしても『変態』とは…?


「もういい! 行こうぜ、ホラ、行くぞ」


 エラルドジェイは訝しげなオヅマの表情に、あわてて背を向けて歩き出す。

 オヅマは首をかしげつつも、その後についていった。

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