第二百九十話 サク先生
いよいよ剣が出来上がったとモンスから連絡を受け、オヅマとエラルドジェイはすぐに向かったが、その途中、道端で
「おい!」
「どうした、爺さん?」
オヅマとエラルドジェイは、老人に駆け寄って声をかけた。
「う…う…胸が…」
老人は胸を押さえて、苦しそうに息していた。額には冷や汗が浮かんでいる。
「おい、しっかりしろ」
オヅマはそのまま意識を失いそうになる老人に呼びかけた。「持病か? 薬か何か持ってないのか?」
老人はゆっくりと首を振り、かすれた声で言った。
「サク…せん…せ…い…の、とこ…に……連れ…って、くれ」
「サク先生?」
オヅマが問いかけると、後ろで様子を見ていたエラルドジェイの眉がわずかに寄る。しかしオヅマは気付かなかった。
荷車を引いた男が通りかかり、教えてくれた。
「あぁ、サク先生な。こっから少し行ったとこにある、旧神殿を借りて、俺らみたいな貧しいモンの病気をみてくれてるのさ」
オヅマはそんな奇特な人間がいるのかと半信半疑であったが、とりあえず男に頼み、荷車に老人を乗せて旧神殿へと向かった。町の中心部から少しだけ離れた、こんもり茂った小さな林の中に、半ば朽ちた神殿があった。かつてはシュテルムドルソンの神殿として、各種の行事などが行われていたようだが、今は郊外の小高い丘に新たな神殿ができて、そちらに神官は移ったのだという。
オヅマたちが老人を運んでくると、こうしたことは珍しくないようで、その場にいた男たち数人が、老人を神殿内の一番広い空間に並べられたベッドの上へと寝かせた。彼らもまた怪我や病気でここを訪れた者らしかったが、互いに助け合うのが当然になっているようだ。
やがて呼ばれてやって来たのは、水色の薄物の上着を羽織った男だった。オヅマはおや? と思った。オリヴェルの主治医であるロビン・ビョルネもまた、時折あの上着を着ているのを見たことがあったからだ。
男は老人の顔色を見ながら脈をとり、胸の音などを確認すると、かたわらにいた同じ服装の若い男に手早く指示する。最後に老人に一言声をかけてから、こちらに向かってきた。
「アンタがサク先生?」
オヅマが近づいてきた男に尋ねると、男は少し驚いた顔をしたあとに、ニッコリと笑って言った。
「はい、私はサク・レミァンと申します。ヨルフを運んでくれてありがとうございます」
明るい栗色の髪に、同じ色の瞳の、柔和な微笑みを浮かべた男 ―― 年齢は三十を少し過ぎたほどだろうか。
礼を言われ、オヅマは素っ気なく返した。
「俺らは別に大したことはしてない。荷車に乗せてもらえたから、早く運べたんだ」
荷車の男は神殿の前でオヅマらに老人を託した後には、さっさと帰ってしまっていた。
「そうですか。色々な人に助けられて、ここに来ることができたのは、きっとヨルフの徳でしょうね」
「徳?」
「えぇ。彼には、困っているときに助けられるだけの、徳があったということです」
オヅマは首をかしげた。なんだかよくわからない。
チラとエラルドジェイを見ると、珍しく不機嫌そうであった。
「どうした?」
問いかけてもエラルドジェイは答えず、じっとサクを見ている。
「アンタ、ここで金のない人間相手に、医者みたいなことしてるようだが、本当の医者か?」
エラルドジェイが冷たい表情で尋ねると、サクは少しだけ顔を曇らせた。
背後にいた数人の少年や若い女、先程老人をベッドに運ぶのを手伝ってくれた男などが、ムッとした表情で睨みつけてくる。
「本当の医者ってなんだよ!」
最初に怒り出したのは、少年だった。
「本当の医者なんか、こんなところで、俺等なんか
「そうよ!! それに文字だって教えてくれて、本だって読ませてもらえるんだから!」
「先生のことを悪く言うなら、出てけ!!」
あっという間に敵だらけになったようだった。オヅマが戸惑っていると、サクがいきり立つ人々を「まぁまぁ」と制した。
「彼は訊いてきただけですよ。僕は別に気にしていませんから。ミッツもラドリーも、本の続きを読んでおきなさい。イルモさんも、戻って戻って」
サクはそれぞれに声をかけて散らせた。瞬く間に燃え上がった熱気が落ち着くと、振り返ってオヅマとエラルドジェイにニコリと微笑みかける。
「すみません。皆さん、僕よりも正義感が強いというか…この場所を大事に思ってくれているものですから。前に一度、この領地の役人や騎士団の人たちがやって来て、色々と詮索されたもので…それで嫌な思いをされた方もいて」
「ふぅん。で、結局アンタは医者じゃないんだろ?」
オヅマはあえて軽い調子で尋ねた。
サクは笑ったまま頷いた。
「えぇ。アカデミーを出てはいません。ただ、ザルゴリ医師の下で八年学び、一応免許状は頂いています」
医者にも色々あって、勿論、一番信頼されるのはアカデミーを卒業した後、実地での修行を積み、アカデミーの外部組織である
「それにしたって、わざわざこんな
第二の医師と呼ばれる存在であっても、医者はあらゆる場所で必要とされる。町中で金持ち相手に診療する方が儲かるだろうし、貧民を相手にしても忙しいばかりで、実入りは少ないはずだ。
「お金を目的としているわけではありません。私たちは、より多くの、傷ついた人々を救いたいだけです」
「はぁ?」
サクの言葉の意味が、またわからない。
傷ついた人々? 救う? 誰のために? 何のために?
オヅマが呆気にとられていると、またエラルドジェイが鋭く尋ねた。
「救うにしたって、薬でもベッドでも、用意するには金が必要だろ? 自分の金で
ずっと剣呑とした表情のエラルドジェイにも、サクは笑顔を崩さなかった。
「もちろん僕にそんな財力はありません。ここの運営は、数多くの方々のご好意で成り立っております」
「要は、寄付させてるわけだろう?」
「させているわけではありません。どなた様も皆、私たちの活動に賛同して下さった上で、自らに出来うる限りにおいて、ご寄付いただいているだけです。中には多大なるご寄付をくださる方もいらっしゃいます。貴族の方にも、そうした奇特な方がいらっしゃるのです。数多くではございませんが…」
話している間に、神殿の奥から、ひっつめ髪をやや乱した中年の女が、あわてた様子で走ってきた。
「先生! サク先生! ミョーリが産気づいたんだけど、顔色がどんどん悪くなってきちまって…」
サクの温和な顔が、一瞬で引き締まる。中年女のあとから現れたのは、先程、木樵老人の処置について指示されていた青年だった。同じような服を纏っているので、彼もまた第二の医師として、先輩であるサクの活動を手伝っているのであろう。(第二の医師が弟子をとって免状を与えることはできないので、弟子ではないと思われる)
「エルッケ。『ゴハ』はもう焚いているか?」
サクが緊張した面持ちで尋ねると、エルッケと呼ばれた青年が頷いた。
サクは向かいかけて、ふと振り返ると、オヅマとエラルドジェイに申し訳なさそうに言った。
「すみませんが、これで。まだ何か聞きたいことがおありでしたら、いつでも訪ねていらして下さい。私達の理念についてお聞きくださったら、きっとご理解いただけると思います」
オヅマらに返事する暇も与えず、サクはその場から走り去った。
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