第二百話 気配り小公爵

「どんな感じ?」


 互いの挨拶を終え、簡単な茶話会が開かれた後、キャレはマティアスに西館を案内してもらうことになった。まだ来て間もないエーリクとテリィも、確認のために一緒に向かい、二人きりになったところでアドリアンがオヅマに尋ねた。


 オヅマは冷めた紅茶を飲みながら、うーんと思案する。


「なんか、小さい」

「ハハッ、確かにね。僕と同じ年にしては小さい気もするけど、どうだろう? オルグレン男爵の庶子だったって話だから、もしかしたら冷遇されていたのかもしれないね」

「庶子だった?」

「今回、僕の近侍になるにあたって、正式に嫡出子認定はされたみたいだよ。まぁ、文書だけの、あくまで形式的なものだろうけど」

「庶子だから、まともにご飯も食べさせてもらえなかったってことか?」

「わからないけど、その可能性はある。とても用心深くもあるようだし」


 アドリアンは穏やかに言いつつも、鳶色の瞳を細めて考え込む。

 オヅマは軽く肩をすくめて尋ねた。


「で? 小公爵さまのお考えではどちらだと?」

「どちら?」

「敵か味方か」


 アドリアンは苦笑した。どうもアールリンデンに来てからというもの、オヅマはすっかり疑心暗鬼になっているらしい。


「キャレ自身がどういう考えなのかは、まだわからない。ただ、オルグレン家としてはあまり僕に期待していない、といったところかな。彼を差し出してきたということは」

「なんだ? 気に食わないのか?」

「そういうことじゃないけど。オルグレン家に僕の近侍として出仕する子息を打診したときに、ルンビックが考えていたのは男爵の次男のラドミールだった。ところが男爵が送ってきたのは、オルグレンの家系図に名前も記されていない庶子…ということは、つまりそれが彼らの答えなんだろう」


 オヅマはアドリアンの言葉を反芻して、確認する。


「つまりオルグレン家は限りなく敵に近いわけだ。キャレ本人はまだ保留か?」

「そうだねぇ。なにせあの子はなかなか本心を見せないと思うよ。よっぽど家でいじめられて、他人の顔色を注意深く見る癖がついてしまったのかな? まぁ、僕としてはキャレが来てくれて良かったと思ってるけど」

「なんでだ?」

「同じ年だから。ラドミールだったら、僕より二つ年上だから、僕が一番年下のチビになっちゃうだろ?」

「なにをつまんねぇことにこだわってんだ、お前は」


 オヅマがプッと笑うと、アドリアンはむくれて口をとがらせた。


「君にはわかんないよ。年上ばっかりなのが、どれほど気を遣うか…。誰かさんはしょっちゅう怒りん坊さんと喧嘩するし。エーリクは基本的に言うことは聞いてくれるけど、何考えてるかわからないし。テリィはすぐに泣き出すし…」


 うんざりしたように言って、アドリアンは深くため息をつく。その様子をオヅマは腕を組んで見つめた。


 なんだかんだ言いつつも、アドリアンはこの問題児の集団をよくまとめている。

 グレヴィリウスの小公爵様であれば、近侍の一人や二人、気に食わないと叩き出すなど朝飯前だろうが、アドリアンは辛抱強く接している。

 それは元からの気質なのか、それとも小公爵という立場がそうさせているのか ――

 


 ―――― 両方だろうけど、ま、どっちかといえば元からか…



 少し考えてオヅマは結論を出す。

 なにせレーゲンブルトで騎士見習いでいた頃には、とんでもない無礼を重ねまくったオヅマに、文句を言いつつも、最終的には従ってくれていた。

 いくら小公爵であることを隠して生活するように命令されたとはいえ、普通の貴族の坊々ボンボンなら、とてもじゃないが我慢できるわけがない。


 それは、ここへ来て他の近侍たちを見て、確信した。

 エーリクはともかく、マティアスやテリィなどは、おそらく一日持たないだろう。ここでの暮らしを当たり前のように享受している彼らを見ると、一般的な貴族というのが、本当に贅沢なんだということがよくわかる。


 ヴァルナルは男爵位を持つ貴族とはいえ、やはり本質は騎士で、元は裕福な商家の出とはいえ平民であったので、生活態度も質実剛健、簡明素朴。普段の服も基本的には詰め襟の騎士服だった。仕事が終わった後の家族だけの時間ともなれば、飾り気のない綿のシャツにトラウザーズ、ガウンを羽織る程度だ。

 それだってオヅマには十分すぎるほどだと思うのに、テリィなどは、服だけでも百着近く持ってきて、老家令に眉をひそめられていた。


 こうも育ってきた環境の違う者同士が、当然ながら会ってすぐに仲良くなるわけもない。ましてオヅマなど彼らにとっては異物でしかないだろう。それでもなんとかやっていけているのは、アドリアンの調整力によるところが大きい。

 決してへりくだることもなく、かといって高圧的でもなく、それぞれの言い分を聞いて、オヅマにも物を言うし、彼らの行き過ぎた特権意識について注意することもある。


「ご苦労さま」


 とりあえず感謝のつもりで言ったが、アドリアンはジロリとオヅマを睨みつけた。


「他人事みたいに言ってるな。言っておくけど、この前だってルンビックからお小言をもらったんだぞ、君らのことで」

「アイツと一括りにしないでくれよ」


 アドリアンはもはや言い返す気力もなくなって、ハァとまたため息をつくと、話題を元に戻す。


「とりあえずキャレについては、しばらく様子見」

「へぇへぇ。承知」

「これで全員揃ったから、そのうちルンビックの方からに挨拶に出向くように言われるだろう。そのつもりでね」


 オヅマはかすかに眉を寄せた。

 アドリアンが何気なく言う「公爵様」というのがひっかかる。自分の父親なのに、まるで目上の他人のようだ。


「なに? 緊張してるの?」


 なんの違和感もない様子でアドリアンが尋ねてくる。オヅマは軽く息を吐くと「まぁな」と頷いた。


 アールリンデンに到着してしばらく経つが、まだこの巨大な屋敷の当主であるグレヴィリウス公爵本人には会えていなかった。

 いちいち一人一人、新たな近侍が来るたびに挨拶に来られても迷惑なので、全員が揃ってから挨拶に来るように……とは言われなかったが、要はそういうことだ。


 アドリアンは笑った。


「さすがのオヅマも、公爵様には緊張するんだな」

 

 まだ家族になったばかりのヴァルナルとオヅマの関係も微妙なものではあったが、アドリアンと公爵閣下の間にも相当に面倒なものがあるらしい。

 そのせいで、この公爵邸において、アドリアンの立場が複雑なものであると気付くのに、そう時間はかからなかった。

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