第百五十八話 思いがけぬ来訪者
春の暖かさが初夏のやや汗ばむ暑さに変わってきた頃、帝都へ向かう人々の群れに逆行するかのように、一人の客がレーゲンブルトにやって来た。
「テュコ! どうしたんだ、お前」
応接室に通された客人を見て、ヴァルナルは挨拶もすっ飛ばして尋ねた。
ソファに座ってキセルをふかしていた、ヴァルナルと同じ赤銅色の髪の男は、ハハハと豪快に笑いながら立ち上がって、深々とお辞儀する。
「お久ししゅうございます、クランツ男爵。快く迎え入れてくださって、ありがたき幸せ」
ヴァルナルは渋い顔をしつつ、男の前の肘掛け椅子に座りながら、早口に言った。
「やめぇ。なんじゃぜ、そン気持ち悪い挨拶」
突然の領主様の訛り言葉に、その場にいた女中や従僕は目が点になった。
しかし男の方はケラケラ笑う。
「いやっはぁー、道々噂にされようレーゲンブルトの領主様じゃぜなぁ。いつも都で会ぅとったじゃ、わからんもんぜ。じゃぜ、久々ン来たが、こン館も…なぁン、綺麗になったぜなぁ。昔、一度来たときなンぞ、みすぼらしいもンじゃったぜのぉ」
「いつの話じゃそりゃ。戦の前じゃろぜ」
「おぅ、おぅ。あン頃りゃ、お
応接室にいた召使い達は、皆が皆、呆気に取られたように目の前で交わされるやり取りを見ていた。
「あの…ご領主様」
ネストリはひどく戸惑いつつも、執事の心得として懸命に平静を装ってヴァルナルに声をかける。
「お客人のテュコ・エドバリ様からたくさんの土産を頂いております。こちらが目録です」
ヴァルナルは受け取ると、さっと目を通してふふん、と笑った。
「シロルの酢漬けとはまた、懐かしいのを持ってきてくれたもんじゃぜ」
「おぅ。
そう言ってテュコは腰に括り付けていた袋を取って、一番近くに控えていたエッラへと差し出した。
「なんぜ、それ?」
ヴァルナルが尋ねると、テュコは胸を張ってやけに誇らしげに言った。
「豆よな。よぅ煎った豆じゃぜ」
「豆ェ? なン、それは」
「まぁ、まぁ。ホレ、アンタ。早ぉ受け取っじゃ」
エッラは眉を寄せながらも、テュコから袋を受け取ると、途方にくれたようにヴァルナルを見た。しかしヴァルナルは気付かず、テュコはいかにも愉しげに妙な節回しで嫌味めいたことを言う。
「これをどうやっていれることができるか~。まぁ、こんなクソ田舎じゃ、都の
「なんぜ、それ」
「まぁまぁ。とにかくそイ、厨房に持ってって、うまンこといれてきてくざっしゃい」
不承不承にエッラが出ていくと、テュコはまたキセルをふかし始める。
「またお前は、えぇ年して悪戯好きじゃぜ」
ヴァルナルがあきれたように言うと、テュコはニヤリと笑った。
「本当はお
「ほぅ…じゃぜ、そんな貴重なモン使ぅて、無駄になっちゃらせんぜ? 勿体ない」
「ハハハ。ちょっとの量じゃぜ。仲間と一括で大量に仕入れて、まぁ、ありゃ試供品みたいなもんじゃぜに」
ヴァルナルは目の前に座るテュコをまじまじ見つめた。
いつも都で会う時には、家族の宴会の場であったので、旅装姿のテュコを見るのは久しぶりだった。
駱駝色の帽子を被り、濃緑のフェルトコートの下には、年をとるにつれ膨らんできた腹がベルトの上に乗っている。こうした恰幅の良さはいかにも商人としての風貌だった。(*帝国において商人は多少肉付きの良い者の方が信頼される)
テュコ・エドバリ。
彼はヴァルナルの実弟だった。
十二歳でヴァルナルがクランツ家の養子に入るまでは、同じ屋根の下で毎日のように取っ組み合いの喧嘩をしつつ、おやつを分け合った仲である。年が一つしか離れていないので、今では兄弟というより友達のようになってしまった。
ちなみに当然ながら、ヴァルナルの旧姓はヴァルナル・エドバリである。
「で?」
ヴァルナルが尋ねると、テュコはうん? と眉を上げる。ヴァルナルは軽く首をひねった。
「ここに来た
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