第百五十五話 騎士たちは帝都へ
帝都に家族が待つ者もいたが、独身の騎士のほとんどは、四ヶ月後の新年に行われる
出立を翌日に控えた彼らは、未来の嫁さん候補にプレゼントするための品物を買いに、街へと連れ立って出て行っている。
どの男も浮足立って、希望と期待だけが膨らんでいるようだ。
「っとに…ゾダルさんまで行くんだもんなぁ」
最近ますます頭頂部の地肌が目立ってきたゾダルを思い出して、オヅマは少しばかりあきれ口調だった。
聞きつけたゴアンが眉を下げて、情けなく言い繕う。
「そう言ってやるな。アイツ、昔、あの祭りで知り合った女と、いいとこまでいったんだよ。結局フラれたけど」
「そういうゴアンさんはなんで行かないの? 独身だろ?」
「俺のことはほっとけ」
「ふーん。こっちに
「オヅマ!」
「ハイハイ」
今回ばかりは
この時期に帝都にいる多くの年頃の男女は、奇妙な熱気と賑わいの中でそれぞれに交歓を楽しんでいたが、そうした独特の雰囲気に馴染めない人間はどこにもいて、マッケネンもその一人だった。
「…どうも、あの祭りは苦手だ」
「そんなこと言ってて、ずっと一人だったらどうするんだよ?」
「うるさい。子供が口出すことじゃない」
マッケネンは邪険にオヅマを追い払った。オヅマはチッと舌を鳴らす。
大人ってやつは、そういう話になった途端、子ども扱いしてくる。
もっともオヅマだって興味津々というわけではない。ちょっとからかいたかっただけだ。
前の年に亡くなった前皇太子に遠慮して、新年行事である
騎士達に限らず若い独身男女であれば、新年の夏の輝きと共に訪れる賑やかで楽しい ――― 場所によっては、ほんの少しばかり淫らな狂騒となることもある ――― この祭りに心を馳せて、長い冬を過ごしたことだろう。
オヅマは
だが帰参組の全員が喜び回っていたわけではなく、中には眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰す者もいた。
ヴァルナルの右腕であるカール・ベントソンだ。
帝都に家族のいるパシリコは当然として、カールは副官の一人として残留を申し出ていたものの、ヴァルナルは許可しなかった。
「どうしてです? 私はいまさら
カールがムッとなって言うと、ヴァルナルは「そうじゃない」と首を振った。
「お前を
「………領主様、私を人身御供にしましたね?」
「人聞きの悪いことを言うな。私が行けない中、騎士たちをあちらで引き受けてくれるんだ。色々と雑務があるのは違いないし、手伝ってやってくれ。……兄だろ?」
ヴァルナルが最後に付け加えた一言に、カールは顰めっ面になると、ボソリと吐き捨てた。
「……あの野郎、最初からその気だな…」
「カール? なにか言ったか?」
「いえ…わかりました。拝命致します。問題児どもの引率と監督と、ルーカス・腹黒・ベントソン卿の補佐ですね」
「……なにか不穏な言葉が混じってたような気がするんだが?」
「気のせいです」
「そうか?」
「ええ」
カールの鉄面皮がまったく微動だにしないので、ヴァルナルはそれ以上、何も言えなかった。これで下手に「兄弟仲良くな」などと言おうものなら、あの青い目で冷たく睨まれて、凍りつきそうだ。
もう一人のベントソンであるアルベルトは、他の騎士たちのようにはしゃいだりはしなかったものの、リアンドンに参加はするらしく、マリーに笑顔の特訓を受けていた。
「アルさんは決して悪い顔ではないのだから、もうちょっとかわいく笑ったら、きっと女の人も安心して声をかけられると思うの!」
言いながら、アルベルトの頬や口の端を持ち上げてマッサージしたり、にらめっこをして笑わせようとするのだが、オヅマはその練習は無駄に終わるだろうと思った。
オヅマから見ると、無理矢理に笑ったアルベルトの方がよっぽど不自然で怖かった。しかしアルベルト本人が特に嫌がることもなく大人しく妹の相手してくれているので、何も言わないことにした。
騎士たちは皆、マリーに甘いが、アルベルトは特に甘い気がする…。
雲ひとつない晴天の、熱を帯びてきた太陽の眩しさに夏の気配を感じる頃、帰参組は帝都へ向かって旅立った。
「いい嫁さん見つけてこいよー」
「おーう。美人の姉妹のいる嫁さん連れてきてやるー」
「フラれてしょぼくれて帰ってこいよー」
「うるせえ! お前らなんぞ、指くわえて見てな!」
見送りの声に怒号が入り交じる中、ゾロゾロと騎士たちは領主館から出て行く。
その途中では、こちらで仲良くなった村娘に怒鳴り込まれ、「私がいるのにどうしてリアンドンに参加するのよ!」と詰められている騎士も何名かいたらしい。
彼らが村娘をどう言いくるめたのかはわからないが、ドゥラッパ川にかかるシチリ橋を戻ってくる者はおらず、一団は予定通り帝都へと向かったのだった。
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