第百三十三話 クランツ男爵への罰(2)

 帝都結縁祭ヤーヴェ=リアンドンは新年の帝都で開かれるお見合いパーティーイベントだ。

 この祭りの期間中、大小のパーティーが帝都の各地 ―― それは裕福な商家の屋敷であったり、街の酒場であったり、中には公園であったり ―― で開かれ、多くの男女が種々のパーティーに顔を出して、将来の伴侶を探すのだった。


 無論、親族間の取り決めによって婚姻が結ばれる上位貴族は、これらの宴に参加しない。

 祭りの参加者のほとんどは中産階級の商人や職人と、その娘、それから騎士といった下級貴族達だった。


 位を与えられながらも、基本的にはいずれかの貴族家の従属者である騎士は、普段の仕事で女性と知り合う機会もないので、毎年行われるこの祭りを心待ちにしている者が多かった。実際に結婚に至った者も少なくない。


「あぁ、そうか。今年はなかったんだったな」


 先年、皇太子であったシェルヴェステルの不予ふよ(*貴人の病気のこと)は、新年を心待ちにしている民の迷惑にならぬように……との故人の意思によって、新年のお祭り騒ぎが終了した頃に発表された。

 その後、数ヶ月に及ぶ闘病の末に逝去したが、その時は既に当年(藍鶲ランオウの年)の結縁祭リアンドンは行われた後であった。皇帝は若くしてきさきもないまま夭折ようせつした皇太子をいたんで、今年(金雀キンジャクの年)の結縁祭リアンドンは全面的に禁止した。


 当然、それを楽しみにしていた多くの男達(おそらくは女達も)はガックリしたが、最期まで民衆に寄り添った優しい前皇太子のことを思うと、誰も文句は言えなかった。

 というわけで、来年の結縁祭リアンドンには相当闘志を燃やしている騎士は多いはずだ。


「わかった。希望者は帝都に行かせる。レーゲンブルトに家族がいる者はおそらく残ることに文句はないだろう」


 ヴァルナルが真面目くさった顔で言うと、ルーカスはややあきれたような、意味ありげな視線を送った。


「……なんだ?」

「いや……」


 ―――― お前もその一人か?


という言葉が喉元まで出かかったのを、ルーカスは飲み込んだ。そんなことを言ったところで、顔を赤らめる中年を見るだけだ。クソ面白くもない。

 公爵は二人の応酬を楽しげに見ながら、煙を吐ききると、灰皿に葉巻を置いた。


退がれ」


 簡潔な言葉で、この一件についての終止符を打つ。

 ヴァルナルはペコリとお辞儀して、出て行こうとしたが、扉の前で足を止めた。


「……なんだ?」


 無表情に戻った公爵が尋ねる。

 ヴァルナルは振り返って、率直に尋ねた。


「あの…小公爵様は帝都に行かれるのでしょうか?」

「………無論だ」

「その…剣技の指導などは…?」


 奥歯に物の挟まったようなヴァルナルの問いかけに、公爵の眉は少し神経質な苛立ちを帯びたが、声は平静だった。


「男爵が領地に戻っている間は、いつもベントソン卿を始めとする騎士達によって指導されている。問題あるまい」

「そう、ですか……」


 ヴァルナルは頷くが、そこから動かない。

 公爵はジロリとヴァルナルを見た。


「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」


 ヴァルナルは一度、深呼吸をし、怒られることを覚悟した。


「はい、あの……小公爵様を冬の間にまた、レーゲンブルトに迎えることは無理でしょうか?」

「なに?」


 公爵の鳶色の瞳がどんよりと不穏な気配を帯びる。すぐにヴァルナルは言い添えた。


「いえ……冬の間ずっとが無理であれば……その、来年の大帝生誕月だけでもよいので、いらして頂くことはできませんでしょうか?」

「男爵は、今、自分が罰を受けた身であることをわかっておられぬようだ」


 公爵が皮肉げに言うと、ヴァルナルの背中に一気に重くなった空気がのしかかる。低い姿勢からチラと見えたルーカスの顔も『余計なことを言いやがって』と言わんばかりに渋かった。


 ヴァルナルはより深く頭を下げながら言った。


「申し訳ございません、閣下。ただ、今回のことで小公爵様は対番ついばんとなったオヅマにも、まともに挨拶できぬまま帰ったことを、大層、気にかけていらっしゃいます。どうか彼らに再会の機会を与えていただけませんでしょうか?」

「………僭越せんえつだぞ、ヴァルナル」


 再び葉巻を持った公爵の目は冷たかった。

 椅子から立ち上がると、ヴァルナルに背を向けて窓の外を見やる。


「………褒美が欲しければ、結果を出せ」

「褒美?」


 ヴァルナルは公爵の真意が理解できなかったが、目の前に迫ってきたルーカスがほとんど無理やりに部屋から押し出した。


「この馬鹿!」

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