第百三十二話 クランツ男爵への罰(1)

「レーゲンブルト領主、ヴァルナル・クランツ男爵。今回の小公爵殺害未遂事件における目付け怠慢の罰として、そなたには新年の上参訪詣クリュ・トルムレスタンを禁じる」

「…………え?」


 ヴァルナルは聞き返した。

 新年の上参訪詣クリュ・トルムレスタンは、毎年、緑清りょくせいの月朔日を境に帝国中の貴族が帝都へと向かう恒例行事である。

 帝都に赴いて、皇帝より新年の挨拶を賜ることは貴族にとって栄誉であり、それができない貴族 ―― つまり、帝都までの旅費を工面することもできぬほど貧乏であったり、何らかの理由によって皇家もしくは主家となる大貴族から帝都への訪詣ほうけいを禁止されることは、恥とされる。

 無論、戦時であったり、周辺地域との紛争を抱えている辺境伯などは特別に免除されていることもあるが、当然ながらヴァルナルはごくごく一般的な男爵位の貴族であった。通常の貴族の常識ならば、この罰は相当の恥辱をもって受け止められただろう。


 しかし、ヴァルナルの反応は違った。


「……あの、それで……いいんですか?」


 公爵はチラとルーカスと目を見合わせた。


「クランツ男爵、もう少し困るなり、驚くなり、嘆くなりしてもらいたいものだな。これは主が臣下に出す懲罰としては、なかなかに厳しいものだぞ」


 ルーカスがわざとしかつめらしく言うと、ヴァルナルはハッと顔を引き締めた。腕を曲げて謝意を示す。


「申し訳ございません。臣ヴァルナル・クランツ、謹んで公爵閣下の御意に従います」


 公爵はフ……と鳶色の瞳を細めたが、口元は皮肉げに歪んだ。


「殊勝なことだ。朝の騒がしい客人と違って」

「騒がしい客人?」


 ヴァルナルが首をひねると、ルーカスがあきれたように答えた。


「朝からアルテアン侯が乗り込んできてな。例の事件の首謀者がダニエル・プリグルスだとわかった途端に、しつこいくらいに公爵閣下に弁明に来る。来るのはいいが、毎度毎度、お涙頂戴の三文芝居を見せられるんで、正直、食傷気味だ」

「しかしアルテアン侯は、ご息女とダニエルとの婚約を破棄されたんじゃなかったか?」

「あぁ。だからこちらもアルテアン侯に文句を言う気はないというのに、何をトチ狂ったんだか、今日など、とうとうそのダニエルと婚約していた三女を勘当したなんて言ってきてな。そんなことされても、こちらはどうしようもないというのに……」


 そう言って、ルーカスは呆れ返った溜息をつく。


 実際、今日などは面会の許可もなくやって来て、たっぷり二刻(*二時間)近く居座った。公爵が一切会わないと言ったために、ルーカスが相手する羽目になったのだ。


「侯の目的は、借款しゃっかんの期限猶予だろう」


 公爵が煙を吐いてから静かに言った。「まだ、あの時の言葉を取り消していないからな」


「そういえば、そうでしたな。どうなさるおつもりで?」

「撤回する気はない。今回の事件と、あの時のことは別の話だ」

「しかしそうなると……また、やってきますよ」

「有能な騎士団長がいて助かる」

「代理ですよ、私は」

「あぁ、有能な団長代理だ。お陰で私は後顧の憂いなく仕事ができる」


 公爵は澄まして言い、ルーカスはげんなりした顔になる。


 相変わらずだなぁ……とヴァルナルはちょっと懐かしい気分になった。

 ヴァルナルからすれば、ルーカスの流暢で巧みな弁舌にはいつも圧倒されるくらいなのだが、さすがのルーカスも公爵閣下には敵わないのだ。決して口数が多い方ではないのに、不思議なことだ。


 それはさておき。


「あの、今回の帝都への禁足は私だけのものと考えてよろしいですか?」


 騎士達の中には帝都に家族を持つ者もいる。

 ヴァルナルは毎年帝都に帰ることを楽しみにしている彼らを、自分の懲罰に巻き込みたくなかった。


 公爵はすぐにヴァルナルの意図を理解した。


「無論そうだ。騎士らにまで罰が及ぶことはない」

「では、帝都に帰参希望の騎士については、例年通りに出立させてもよろしいですね?」


 その問いに答えたのは、ルーカスだった。


「あぁ。パシリコが責任者になればいい。カールには実務処理をがっつりやらせるからな。そうそう。来年は帝都結縁祭ヤーヴェ=リアンドンも開かれるからな。希望者は参加させてやれ」



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