第百二十五話 慈悲深き死神
「なんで素直にニーロに言わなかった?」
「言ったさ! 言って、助けてほしいと頼んだんだ!! でも、アイツは『待て、待て』って……ちっとも助けてくれなかった」
アウェンスはウロウロと目を泳がせながら、それでもエラルドジェイの方を見ようとせずに必死に抗弁する。
エラルドジェイは眉を寄せた。
ギリ、と奥歯を噛む。
馬鹿野郎め…そんなところで、サプライズでもしようと企んだのか? もう少しで百七十
「先生たちが、治る薬をくれるって言ったんだ!」
「でも、先月までに金を持って行かないと駄目で…仕方なかったんだよ!」
必死になって弁解するアウェンス達に、エラルドジェイはクスリと口の端を歪めた。
「先生たち? なんだ、その怪しい集団は」
「怪しいことなんてない! 先生たちは私ら弱い者達に手を差し伸べてくださる慈悲深い方々で…」
「慈悲深い神様は生贄としてニーロを要求したのか?」
エラルドジェイが皮肉を言うと、アウェンスは黙り込んだ。
おそらくエラルドジェイまでの間合いを測っているのだろう。そっと、左腕を背後に挿した短剣に伸ばしている。
「アウェンス。俺らの商売にとって一番重要なものは?」
エラルドジェイが尋ねると、アウェンスは視線をさまよわせた。
「……技…か?」
「違う。信用だ」
エラルドジェイは言い切ると同時に、一歩前に出て右手を払う。
瞬時に現れた四本爪は正確にアウェンスの喉笛を掻き斬った。隣で驚いたグリエが悲鳴を上げる前に、横に払って同じように喉を裂く。
凄まじい勢いで血が噴き出して、家族の団欒部屋は真っ赤に染まった。
「裏切者を許しておくようじゃ、闇ギルドの信用にかかわる。たとえ構成員が一人でもな」
グリエとアウェンス二人の血飛沫を浴びながら、エラルドジェイは無表情に言った。
ふと見れば、アウェンスの短剣が血溜まりに落ちていた。短剣にしては分厚く長い刀身は、さすが肉屋とも言うべき重量感だった。これで背中を一突きされれば即死だったろう。
エラルドジェイはその短剣を手に取った。
「母さん? 父さん? どうしたの?」
マルコが奥の部屋から呼ぶのが聞こえた。
エラルドジェイは
昼間でも光が差さないように、マルコの部屋には分厚いカーテンが引かれたままだった。この病気は日光で痛みを生じるらしい。昔、奴隷であった頃の仲間が同じ病気になっているのを見ていたから、エラルドジェイは知っていた。
「母さん? ………誰?」
マルコは扉を開けて入ってきた血塗れのエラルドジェイを見ても、無反応だった。
「俺だよ、マルコ。わかるか?」
エラルドジェイが声をかけると、マルコの顔がほころんだ。
「ジェイ! 久しぶりだね!!」
「あぁ…元気……でもないか」
エラルドジェイがマルコの頭を撫でると、マルコは少し驚いたように目を瞬かせた後に笑った。
「ごめんね。もう目が見えないんだ。もしかしたら…気味の悪い顔になってるかもしれない」
「そんなことはねぇよ。相変わらず丸猫みたいな顔だ」
エラルドジェイは言ったが、確かにマルコの頬や首に紫斑が出ていた。
失明し、顔にまで紫斑が出ている。もはやマルコの命は風前の灯だ。ここまできて、一体、どんな治療を施せば治るというのか…?
その先生たちとやらに何を吹き込まれて、アウェンス達は間違ったのだろう。
「なぁ、マルコ。早く治りたいか?」
エラルドジェイが尋ねると、マルコは一瞬、寂しそうに目を伏せてからコクンと頷いた。
「そうか…」
エラルドジェイはもう一度、マルコの頭を撫でた。
同時に、アウェンスの短剣で心臓を一突きする。
マルコは呻くことすらなく、事切れた。
「………さっさと死んで、さっさと生まれ変わってこい」
短剣を抜いて、マルコの見開いたままの瞼を閉じる。
ゆっくりとベッドに寝かしつけると、「帰ったわよぉ」と帰宅を告げる声が聞こえた。
どうやら娘が帰ってきたらしい。
本当は今すぐに窓から逃げた方がいいのがわかっていたのに、エラルドジェイは途端に体が重くなった。
動くこともなく佇んでいると、父母の死体を見て腰を抜かした娘のカトリが四つん這いになりつつ、必死で歩いて扉に縋りつきながら入ってくる。
「ジェイ……」
カトリはエラルドジェイを見てつぶやいた。
「どうして……?」
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