第百六話 下男オッケ(1)
領主館で勤める下男のオッケは、元は山に捨てられた孤児だった。
その頃、飢饉がサフェナ一帯を襲い、親は山に子供を捨てることが珍しくなかった。
山に猟をしに来ていた若き日のパウル爺が狐の集団に襲われているオッケを助け、連れ帰ったのだが、よほどに恐ろしい目にあったからなのか、あるいは元からなのか…オッケには著しい知能の遅れがみられた。
狐達から助けたパウル爺(その頃はもちろん爺じゃない)が、
「お前、大丈夫か?」
と尋ねても、
「
と、繰り返すばかり。
それ以外の言葉も、簡単な挨拶も知らず、ひたすら、
「
と言うだけ。
山の中にどれくらいの期間いたのかわからないので、その七歳というのも本当なのか怪しい。ただ、パウル爺はオッケに出会ったその年に、彼が七歳であったのだと決めた。
その時にはパウル爺は既に領主館の庭師として働いていた。当時、厨房下女であったヘルカ婆といい仲になって、数年後には結婚することも決めていた。だから、オッケを引き取ることを少しばかり迷ったのだが、かといって山に放って帰ることもできなかった。
その後にヘルカ婆とちょっとした喧嘩になりつつも、パウル爺はオッケの親代わりとなった。
幸い、当時の領代官が小柄で痩せっぽちのオッケを見て、
「おぉ。煙突掃除にちょうどいい」
と言ってくれたので、オッケは領主館での仕事にありつけた。
大きくなるに従って煙突掃除ができなくなると、下男として使役されるようになった。体は大きくなったが、オッケの知能の方はさほどに向上しなかった。
やはり元からのものだったようだ。あるいは、そのせいで親はオッケを山に捨てたのかもしれない。
しかし考えなしで、難しい言葉を理解できないオッケではあったが、言われたことには素直に従ったし、皆が顔を顰めるような仕事(肥樽の糞尿集めなど)も嫌な顔することなく、教えれば言われた通りやるので、ひどく重宝がられた。
いつしかオッケは領主館で最年長の下男になっていた。
そんなオッケに困ったことが一つあった。それは酒好きなことだ。
成人して酒を嗜むようになると、オッケはすっかり虜になってしまい、毎日呑むようになった。しかも呑むほどにひどく暴力的になった。ヘルカ婆がようやく見つけてきた嫁までも、オッケの酒乱に閉口して逃げてしまったほどだ。
朝になって素面に戻ると、パウル爺の説教を平身低頭で聞き入るオッケだったが、その夜には飲んでいた。パウル爺は三度目でもうあきらめた。
その日も、オッケはこっそり地下の酒の貯蔵庫から拝借したワインを一本まるごと空けてしまって、いい気分でフラフラ庭を歩いていた。
すっかり焼け落ちたオヅマの小屋の前まで来て、ぼんやりとそこに佇むネストリを見つけて声をかける。
「おぉい…執事さん、どうしたんだい?」
ネストリは突然声をかけられ、ビクッとなってから、そろりと振り返った。そこにいるのがオッケとわかると、途端に軽蔑した目になる。
「なんだ、お前か。また、くすねてきたな。いい加減にしないと、これまでの分も含めて領主様にご報告するぞ。お前なぞ、簡単に解雇できるのだからな」
オッケは酔っていると、自分に対する侮蔑に過敏になった。
「なんだと? この野郎。カイコ? 難しい言葉使って、また
「……解雇というのは、お前をこの領主館から追い出すということだ」
ネストリが丁寧に、ゆっくりと、
「この野郎! この野郎!! お前だって、この前オヅマの小屋から出て来たじゃないか。あのあと火事になって大変だったんだぞ!」
ネストリは一瞬、言葉を失くした。
見られたのか? と、すぐに火事の時のことを思い出す。そういえば、この小屋の火事に一番最初に気付いたのはオッケだと言っていた……。
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