断章 -千の目- Ⅲ
夢は続いていた。
オヅマは抗いながらも、目を開くことができない。
見たくないのに…。
どうして安らかな眠りが自分には訪れないのだろう。
◆
温室で倒れ、意識を失ったオヅマが目を覚ますと、そこには穏やかな微笑を浮かべた男がいた。はっきりと顔がわからない。
「大丈夫か? オヅマ」
優しげに声をかけてきて、額に乗せた手拭いを盥に入れて絞り、オヅマの額の汗を拭う。
いつの間にか運ばれていたらしい。天蓋のある豪奢なベッドに横たわる自分に、オヅマは眉を寄せた。
「……ここは?」
「私の部屋だ」
「閣下の…?」
オヅマはざっと部屋を見回して、そこが自分の部屋でないとわかるとすぐに起き上がった。だが、男はオヅマの肩をそっと押して寝かしつける。
「気にせずともよい。疲れているのだろう。ゆっくり休むとよい」
「閣下……先生が…リヴァ=デルゼが…子供を殺せと」
オヅマは言いながら、涙を浮かべて死んでいた女の子を思い出し、声が震えた。
あの子は、自分が殺した。リヴァ=デルゼがオヅマの腕を掴んで、無理に殺させたが、あの子の死の慄えをオヅマは感じた。手に、彼女の重みが残っている。
男はそっとオヅマの頭を撫でた。
「あぁ……つらい思いをしたのだな、オヅマ。可哀相に…」
「閣下、すみません。すみません……閣下」
「なぜ謝る?」
「期待に添えなくて…きっとお役に立つと…言ったのに」
男はにっこり笑うと、ゆるゆると首を振った。
「大丈夫だ、オヅマ。私は決して、お前を見捨てたりはしない」
深みのある声はじんわりと胸に染み込んでいく。オヅマは泣きそうになったが、次に男の放った一言に凍りついた。
「マリーは、残念がっていたよ。お前に会えないことを」
「………え?」
「今回の課題が済めば、久々に妹に会いに行くのもよかろうと思っていたのだ。それで伝えてあったのだが、今回は仕方がないな」
心臓を氷の手で鷲掴みされたかのようだった。
オヅマは言葉を失い、そのまま出て行く男を見送った。
―――――信用するな。
遠くで冷たく言い放っている自分がいる。
―――――これが、アイツのやり方だ。
オヅマの目から涙がこぼれ落ちた。
マリー。
懐かしいマリー。
一体、いつになったら、お前に会えるんだろう……。
泣きながら眠り、再び目を開くと、再びあの温室にオヅマは立っている。
背後でリヴァ=デルゼが前と同じように言う。
「五体だ。お前が大層嫌がるから、獣にしてやった。今度はしくじるな」
オヅマはホッとした。
やはり人を…子供を殺すなんてことしたくない。
地面に膝をついて、意識を集中させていく。
教えられた通りに、焦らず、ゆっくりと、確実に。
ポタポタと罅割れた天井から雨粒が落ちてくる。
今日は朝から雨で、重苦しい雲が空をずっと覆っていた。ザアァと絶え間なく降る雨の音が、この温室を世界から隔絶する。
その中心でオヅマは静かに、気配をなくしていく。
閉じかけた半眼が開くなり、その場にオヅマはいなかった。
網にかかった最初の獲物は、朽ちて半分屋根の落ちた
地面を這いずり回るその茶色い獣に向かって、オヅマは躊躇なく剣を突き刺した。
「…こはっ!」
声がした。明らかに獣ではない声が。
剣を抜くと同時に、獣の皮がめくれる。
まくれあがった茶色の毛皮の下から、人の腕が見えた。
オヅマがすぐさま毛皮を掴んで剥がすと、自分と変わらぬ年頃の少年が背中から血を流して倒れていた。
「…………」
オヅマはカランと剣を落とした。
目の前の少年の死体を茫然と見つめる。
「…あ……」
自分が殺人という行為を行ったのだと自覚して、オヅマは叫びたかったが、何かが喉を塞いで声が出ない。
「閣下に感謝しろ」
立ち尽くして動けないオヅマに声をかけてきたのは、リヴァ=デルゼだった。
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